自分の背負っている十字架は「ゲームの上手い人」だろうな

俺が抱えている葛藤の中でも言葉にしづらい部分だが、書いてみる。

子供の頃にファミコンでよく遊んだ。宿題をほっぽらかしてすることもあった。

少年ジャンプに載ったドラクエのカセットを地域でただひとり持っていた。

近所の玩具屋には問屋からのいじめで商品が卸されず親父の商売の関係で手にできた。

当然、自分しか持っていないので他のものとは勝負にならず勝ち確定である。

ドラクエIIの時にも似たような状況でカセットをいじめて取り上げられた。

ドラクエIIIになると周りに持っている子が現れて俺はレベル40くらいでクリアしたが、塾に行くようになりレベル60だと学校で言いふらす子がいて負けた。

ドラクエIVに至っては受験でファミコンを取り上げられ買ってもらえなかった。

しかしドラクエで負けたと思われるのは嫌だったのでジャンプを読んで話を合わせた。

メタルキングのことをメタルキングスライムと言ってしまい、違うと言っていじめられた。

中学からは私学になって小学校からの友達は居なくなった。

小学校と能開センターでは成績トップだったが、6年から行き始めた田中塾では成績順でクラスが分かれB組だった。その序列は中学に進学しても変わらず、勉強がつまらなくなった。

そこへ来て成績の悪いグループでゲームボーイを学校に持ち込んだり学校帰りにゲーセンに寄ったりして遊ぶ中でまたゲームでいちばんを取れた。それはゲームが上手いからと言うよりは成績上位者はゲームに取り合わず学業に専念し、受験の間にゲームを出来なかったグループの中で勝っているだけなので、単に競争率が低下しただけの話なのであるが、当時はそういう俯瞰的な概念は持ち合わせていなかった。

その頃から自分の特技はゲームをすることであり、将来はゲーム企画か何かをしたいと考え始めた。絵とか音楽とかプログラミングは専門知識がなくビジョンが見えなかった。まあ、高校で絵を書いて専門学校でプログラムを覚えて社会人になってから独学で音楽も覚えたが、中学時代には完全なモラトリアム型人間だった。

学校や会社に所属している間は得意のゲームで負けても勉強や仕事という逃げ道があった。逃げ道でなくそちらが本道だろうと思われるかもだが、自分の特技はゲームでその他全ては世を忍ぶ仮の姿だと思っているので、ゲームで負けて勉強をするというのは本筋に戻ったと言うよりは屈辱だったような感じもする。

小学校では成績が良かったので、勉強ができると自分で思うよりは勉強なんて誰でもやれば出来て、みんな嫌だからしていないことで、好きでしているゲームでの序列こそが人間本来の序列であるという考え方をしていた。

だから格闘ゲームの全国大会で予選を勝ち抜き本戦で破れた後に社会保障などを捨てて正社員から契約社員になる時には何のためらいもなくゲームをする時間が増やせるだろうと考えていた。

しかし、いざゲームばかりするとなると、色々の壁に当たり始める。

その中で感じた逃げ場のない本当の負けを初めて味わうことになった。

ゲーセンで格闘ゲームを対戦するだけなら1万円もあれば100回出来るので、100回やって勝てない相手というのはいないというレベルではあるが、通算成績とか勝率とか大会の優勝の数とか大会規模とか、数字での指標でどんどん他者と比べられて苦しくなる。

そして、わずかばかりの栄誉とも言える日米戦の日本代表であるが、これはゲーマーが基本的に貧乏でサラリーマンをしていた時期の貯金で遠征費用が自腹で払えるという条件で日本代表に選別されただけなので、まあそのことは隠して日本代表という看板を立てて自慢をするわけだが、そうするとパスポートやカネのない日本に居残ったくすぶっているゲーマーを全部敵に回す格好になって、色々と勝負をさせられた。

それらの勝負はいわれのないものである。俺が自慢するので天狗の鼻をへし折ってやろうとゲームと関係のない人までゲームの強い人を探してきて俺にけしかけるのだ。

賭博でもなければ大会でもない。ただ相手を見つけてこられてやらされる。勝ってもメリットはないが、負けるとどうなるか考えたら不安で仕方なく、毎夜うなされた。

俺が威張っているのはゲームで勝っているからで、負けた以上は威張るのをやめて相手に服従しなくてはならないとさえ考えていたものだから、それはもう必死だった。

しかし、よく考えてみると、俺が威張っていてもそれでカネやモノを取っているわけではないし、皆は集まった時にグループの中心に俺がいる格好となっているが、服従しているわけでもない。つまり負けて取り上げられるものなどはじめから無いのである。

それで結局のところ何が苦しいかと言うと、自分で自分をいちばんだと思えなくなるという気持ちの有り様が自分で自分がかわいそうになるという話なのだ。

ストリートファイターIIは200万本くらい出ているが、ストリートファイターIII3rdくらいまで来ると、恐らく数十万本だろう。それを飽きずに続けた暇人と言うだけで100人くらいに絞られて、そこで旅費が出せる人間が5人くらい集まっただけの話。

今やっているのはモンハンで、これは2ndGで300万本、MHP3rd、MH3GMH4MH4G、MHX、MHXXMHWで400万本ずつ売れているわけだから購入層がかぶっていても1000万人から2000万人くらいのプレイヤーがいるわけで、それだけの競技人口があれば自分の腕はそのままでも自分とトップの間にたくさん人が割り込むことになる。

ストリートファイターの時ほど時間を割いているわけでもなく、神経も衰えてくる年齢と、こういう言い訳を並べ始めると、もう負けに理由を作り始めているなと言う感覚。

「ゲームの上手い人」というセルフイメージが大してゲームの上手くない現実の自分を苦しめる重い十字架になっていきている。

じゃあ、これから自分は代わりにどういう人になら成れるだろうか。

ここでもうひと踏ん張りモンハンに打ち込むべきか。

悩める日々を送っています。

気楽に楽しめるスイッチが入ることもあるんですけどね。

まあ、モンハンで負けたからと言ってストリートファイターでの記録が無かったことにされるわけではないんですけど、もう10年も経ってみたらストリートファイターって共通言語じゃなくなってモンハンとかその後のゲームに取って代わられていると思うんですよね。だから先回りして何か別のことを始めたいけど、これから何が来るかは読めないし、ある程度は見えている子供の時にモンハンしてて大人になった人の中で自分の腕前はストリートファイターのときと同じポジションというわけにはいかない。

実は10年前にも似たようなことは考えていて、ストリートファイターやマジックザギャザリングをやめようと思ったのですが、10年経ってみると案外しぶとく残っている気がして。それは本当は残っていなくても俺が気にかけているから小さくなったコミュニティが釣り逃した魚に見えているだけなのかも知れないんですけどね。