ラルクアンシエルのアルバムを聴きなおしてます

今年のはじめ頃から「ハナミズキ」という曲の弾き語りをしています。

ギターを買ったのは「GLAYみたいになりたい!」からという風に思われていると思うし、自分で自分にもそう言い聞かせた部分があるんですけど、どっちかというと高校時代の俺はボーカルなりきりさんで歌で満足して、ジャンボカラオケ広場が大好きで髪をブリーチして黒服を来てだけど音楽の道でなくアクリル絵の具の絵からコンピュータグラフィックス及び映像系の専門学校に行くのですが、そうなったのは歌が好きなのに素直に上手いねと言ってくれる人よりも「歌ってるだけやん」というやっかみを真に受けて「歌だけではダメなんだ」と心の片隅で思い続けてきたことが「楽器が出来れば」みたいな思いに変化したというのが根っこになっているんですね。

あとコンピュータグラフィクスやった時に品評会で色々の作品を見比べて、ひとりだけ映像に合わせて音楽を流した人がいて、そこに票が集まったのに悔しい思いをしたってのもあると思う。制作サイドの評価と言っても学生ばっかだけど「絵はアイツがいちばん良かったよな」と言われながら素人目にはヒーリングミュージックのが上だった。

そんでギターはなかなか上達しないんだけど、パソコン好きなので作曲ソフトの使い方とかもすぐに覚えてDTMマガジンという雑誌を取り続けてゲームミュージックを自作するというのをひとつの目標にやっているうちに、部屋にこもってひとりでやっていたものだから完成度が上がると誰が作ったのかということが話題になった時に誰も俺の存在に気付いてくれなかった。ちょうどその頃に交響曲HIROSHIMAの佐村河内守新垣隆という裏方がいたということがテレビですっぱ抜かれ、ちょうど佐村河内のルックスと当時のボサボサ髪の自分と似ていて、マクドナルドにダブルチーズバーガーを買いに行っただけでたむろっている人みんなから「うわー!佐村河内みたいなやつおる!」とか言われて思わず殴ってしまって警察呼ばれて本当に犯罪者になってしまったりした。

それでネットの音楽配信でKyosukeMiyazawaの名義で自分の曲を発表すると600人くらいのリスナーが付いたんだけど、俺はその以前にギターが弾けなくて悔しくてサカナクションの「僕と花」のオケをアレンジしたものをバックに当て振りでギターを撫でながら歌を歌うという動画でYouTubeにアップして友達みんなに拡散してと頼んだら1万5000人以上集まって、それで顔が割れていっとき外を出歩けなかったこともあった。

その拡散力と比べたら、パソコン作曲で集まった600人というのはそれはそれですごいけど、サカナクションと佐村河内に比べたら焼け石に水で、それでも新垣隆のような人がいずれ評価されるときが来たということを教訓に地道にギターを弾いてみた。

それでいきなりGLAYは難しいのでレミオロメンの3月9日という弾きやすい曲を選んで毎日家で弾き語りの練習をしていると、だんだん悪い噂は少なくなって今度はどうしてその曲ばっかりやっているのか不思議がる人もいたけど、そういう風に不思議がられるということは少なくとも演奏者が自分であることが少しずつ知られているなという感覚に合わった。

それで先日3月9日のミュージックフェア藤巻亮太が3月9日を演奏する時に司会の人が「高校生が選んだ卒業ソングランキング1位」というカードを出したんだけど、その時にもしかしてテレビに出てくる歌番組のオリコン調べとかベストテンみたいのって本当に売上枚数を累計したものでなく、アンケートや推計によってとか、もっと言うとでっちあげかもしれないなと歌を聞きながら考え始めていた。

それで、今は3月9日でなくハナミズキを毎日弾き語りしていて、この曲は自分が好きだった歌手のスタッフだったキーボードの武部聡志が音楽プロデューサーになって一青窈の曲としてリリースされた曲で、当時はCDの歌詞カードや音楽雑誌をくまなく読んで「実力者は誰なのか」みたいなことを考えていたから、開花したんだという思いで聞いていた曲なんだけど、自分でも色々と勉強するとほぼほぼ定番のコードで出来ている。

そんな日々の中で突発的にラルクアンシエルの歌を自然に口ずさんでいる自分に気づいて、ちょうどマンガ「けいおん」の吹奏楽部の顧問の山中さわ子(さわちゃん)が学生時代にヘビィメタルバンドの「DEATH DEVIL」をやっていたように3月9日とかハナミズキを弾いている謎のお兄ちゃんが昔憧れた音楽を久々にやってみるの巻。

それが昨日の出来事。←イマココ

Lies and truth とは。これが29万枚で花葬が100万枚って、やっぱ市場と楽曲の良さはちょっとずれてる気がするけど、それは俺が流行とちょっとズレているからなんだろうな。

思えば品評会の時に流されたヒーリングミュージックだってその映像を作った人が作曲したわけでなく、映像もCGで描かれたものでなくデジカメで撮った絵を変換したものだったわけで、そういうインチキでも評価を受ける人はいるし、サカナクションをやったときの俺も素の自分では勝てないとありとあらゆるインチキを考えてやってしまった。

どこまでがインチキでどこからが実力か、それはもう受け手がどう判断するかの問題で、造り手としてギターが弾けるけど木からギターは削り出していないし、コンピュータなんてインチキの最たるものっていうイメージを持っている人も多いわけで、今からバブル期のレコードを聞き直してみると作り手目線で見えてくるインチキがいっぱいあるわけで。

その当時にコンピュータ技師としてレコードのスタッフ欄に載っていた人がメジャーなバンドの裏方でハーモニカを吹くという地道なことをやっているのを知って、今後の自分の身の振り方をあらためて考えるときが来ているのかなと思うけど、やることと言えばやっぱハナミズキを弾き語るくらいしか思いつかない。まずはもっと上手くならないとなと自分で思っているから。

プログラマーとして働いた20年は何だったんだろうと言う気はするけど、その間に買ったもので今の音楽に役に立っている機械はいっぱいあるわけで。

ただ、色々の機械の中で自分の手で弾くギター以外はそれを使って曲を作ったり聴かせたりしても自分の手柄だと手放しで賞賛される形にはなりにくいわけで。