君に眠る支配者は今も無口なままのライズ

タイトルの部分の歌詞が頭からずっと離れない。

なんかね、多分だけど自分で自分にどっかでウソ付いてるんですよ。

だけどそのウソは深層心理のずっと奥に眠っていて、その根っこを掘り起こしてなおしてあげないと、根っこにウソがあるまま大樹のごとく色々なウソを重ねた自我のようなものがあって、でもそれって多分だけど子供とか赤ちゃんのような自我を隠したまま膨れ上がっちゃった別人格みたいなもので、表出してる人格からは多重人格とかご都合主義とか人から批判されてもケロッとしているというか、それ俺のことじゃないしー、みたいな。

なんか原風景にはレゴブロックとウルトラマンの怪獣ゴモラを混ぜて遊んでいる幼稚園行くか行かないかくらいの自分がいて、オモチャ散らかすのをおばあちゃんが全部ダンボールに詰めて隠してしまうんですよね。そんで親父がクルマ好きで寝室に車の絵が飾ってあってミニカーとかで遊んでお片付けもするようになるんだけど、8歳下に弟ができて母親がオモチャを俺のやつ全部弟に渡すんですよ。もう小学生だからこんなものいらないでしょとか言うと親父がそれはワシがキョウスケに買ってやったものだ!と怒鳴るけど酔っ払ってるしいいわよいいわよって。

あとは百人一首を親戚一同で囲んでいて、ゲームのルールはかるた取りだから幼稚園なりにかるたを取れば良いのは分かるけど、ぼくは歌が分からなくて母親が全部はいはいって取っていっちゃうんですよね。それにおじさんおばさんが呆れた表情でたえこさん、そんなことしたら子供が分からないわよとか言ってんの。それでようちえんでまだ百人一首ははやいわよってなって、坊主めくりをするの。そうするとかるたも読めないのかバカみたいな感じでママがケラケラとあざけり笑うの。笑われて悔しかった。字が読めるようになりたかった。だけど百人一首はそれっきり我が家の何処かに封印されている。

母親は田舎育ちで結婚してこの家に来てからいじめられて他にいじめる相手がいないから子供をあざけることでしかストレス発散できなかったみたいで。小学校の先生に爪切りとかしてもらっていたような。何か気に食わないことがあると怒ったりしつけたりしないで料理に鷹の爪を入れるような人だった。おかずは6人家族の母親と父親の座っている方に大皿で置かれていつもお茶碗いっぱいにご飯が盛られて親はお酒とおかず、子供はごはんだけどおねえちゃんはどんどんおかず取りに行くんだけど、俺の席からは遠くて「ダメよそんなお肉ばっかり食べちゃごはんしっかり食べないと」とか。

俺がおかしくて笑うのは楽しい笑いでなく、母親がかるたを取れない子供を笑った時のあの笑い方なんだ。母親が本当に楽しそうに笑っているところなんてほとんど思い出せない。ママと呼んでいたら小学校でおかあさんやろといじめられ、やがて中学くらいからの友達のマネでおかんになって、おかんと呼んだことが初めて出来た年上の彼女に貧しい家なのかなと勘ぐられて分かれる原因になった。

母親は俺に何と呼ばれたいのか、高校の三者面談で先生の前で敬語を使わなきゃと「はは」と呼ぶと家に帰ってから「わたし『はは』や」と言ってまた変な顔でケラケラと笑いだして。もう俺も出ていった母親を何と呼べばいいかわからない。ママと呼んでいた。小さい頃は。だけど小学校の女の子に「ママが」というと「うわ~マザコンなん?」「マザコンやマザコンや」と言われて言えなくなった。父親もそれまではパパだった。

まだ家の開かずの間であるおばあちゃんだけが使っていた物置には俺のオモチャがあるはずだが、それを探すのではなくどうにか思い出したゴモラウルトラマンのおもちゃをアマゾンで買って部屋に飾ってから、すこし精神が楽になった。

早く字が読めるようになりたい、勉強ができる子になりたいという焦りから開放されて、パパとママが見守っている中でレゴを散らかしてゴモラも混ぜて遊びたかった。

俺はひょっとすると知恵遅れじゃないかと自分でも思うことがあるが、幼稚園から文字を覚えて本で勉強したやつが耳で聞いた話し言葉と目から飛び込んでくる活字を結び付けられるはずもなく、小学校低学年でおばさんに「どうしてジュース飲まないの?」「躊躇してん」「ちゅーちょしたの?キョウスケくん、それはためらったって言うのよ」と返されて、その時には俺はおばさんは漢字のわからないバカだと判じてもう口を利いても無駄な相手だと割り切っていた。だから俺は家でも大人相手に口を利いても無駄だとほとんど黙っていて、口を利かないものだから白痴であるかのように扱われてきたが、小学校では成績がよく学校の先生は家庭の問題にあまり気付いていなかっただろう。もちろん同級生とかも。

中学に入って担任の先生が俺が黒板の板書や聞き取りがおかしいことに気付き「この子は学習障害児かも知れません」と親に言うと親は「なんてこと言うんだ!ちゃんと勉強して受験に受かったんだぞ!」と激昂したが、中学以降は成績が落ち込んでいた。

それで成人してからはコンピュータのプログラマーとして局所的に持っている異様な才能を周囲の人間に利用される格好で給料だけはたくさんもらったが、お金の使い方とかも騙し取られる格好ばかりでさらにお金が目当ての周囲の人間にも利用され、仕事もプライベートも誰かの道具だったような感じがする。

そして25歳でゲーム大会でアメリカに行ってから、拙い英語で話した外国人が初めて出来た友達のような感覚で、日本に帰ってから精神病になるんだけど、お薬やカウンセリングでなく、活字と受験とコンピュータで出来た頭をどうにか普通の人と会話が噛み合う形に矯正しなくてはと自分に対して児童教育みたいなものをもういちど自分で与えてやる必要があるように考えている。

そうこうしている間に社会不適合者の41歳である。中身は活字とプログラムの読み書きができる幼稚園なのかもしれない。情操教育はまだ出来ていない。