ドラマ「ラジエーションハウス」の感想というか

大病院のレントゲン技師を題材にしたテレビドラマを見たりして。

院長先生や臨床医師が偉くて技師は下という病院の階級構造の中で本当に病気を治すのに役立っているのはどちらのほうなのか、という副題が示されているんですけど、こういうドラマが放送されると医者が飾り物で技師が主役という風に見え方が変わる人もいると思うんですよね。

これ、俺は技師からアーティストを目指したので、振り返ると昔のほうが仕事してたなと思うんですけど、テレビはテレビと言うか見た目だけでは分からないことがあるということを見た目だけのテレビで説明するという矛盾を抱えているというか。

何事にも見た目華やかな役職には裏方がいるという見方が素直に主役をすごいと捉える見方よりも一般的な見解になった時に20代の俺は自分で頑張る計算技師だったわけですが自分で言うのも何だけどチームの中でイケメンだったので傍目には俺のそばに人が立っているだけでその人が裏方に見えて自分はマスコットに見えて損をしていたように思った時期があるんです。

だから裏方になるか花形になるか分かれ道を選ばねばならないと思い裏方を取ったのは給料のためなんですよね。だけど30代になってみて花形が良いと思ったのは単純に結婚できなかったからなんですよ。ひねくれた見方が大人の普通の見方になったときに実力者に見えている裏方であることより、若い女の子が見て花形に見えている方が普通に得なんじゃないかと。

そんで30代は花形で彼女も出来たんですけど、いざ結婚という段になるとこの先結婚して子供を授かったとして本当に生計を立てて育てられるのか不安でやっぱり結婚できなかったんですよね。これ順序として20代で花形で結婚して30代で裏方になって稼ぎが良くなれば何も問題なかったんですけど、ひねくれてジジ臭い考え方を先に身につけてしまったゆえの回り道だなと思うんです。結婚がゴールだとすれば、だけど。

まあ、それ以外に妻と子のために馬車馬になって働くよりは自分の人生もっと楽しみたいって思いもあったんですけどね。

恋愛結婚というと恋愛には魅力や駆け引きがいるけど結婚生活には経済力とか生活力が必要なので、両者を備えてはじめて結婚生活が成り立つ。それが複雑化した社会で若い内に両者を備えるのは困難で結婚年齢が上がった時代の考え方かもね。

だからちょうどテレビドラマ「ラジエーションハウス」の初回は面白く見えて、ドラマの行く末にちょうど自分を重ねて楽しめるので来週も覚えていたら見ようと思いました。「ドラマみたいな恋したい」というバブル期の女性のような視聴者である俺。ドラマのほうが寄ってきた。