最近のMTG記事に妙に安心した件

ドラフトシミュレータでMTGをやった気分になる貧乏な楽しみ方をしてますが。

俺がMTGをやめたのは家計簿にMTGの項を設けたらすごい出費だったからで、決してつまらなかったわけではないと言うかむしろいちばんの楽しみだったと言ったほうが正解で、しかし将来のために貯金するとあっという間にプロツアーの優勝賞金くらい貯まってしまうことに気付いて必死で「つまらない」というか「割に合わない」と思い込もうとしてきたんですね。

この「手の届かない木の上にある、あの葡萄はきっと酸っぱい」というグリム童話か何かの心理は俺がMTGを楽しんでいた時に周囲の人が抱いていた感情と多分同じで、遊戯王のマンガが流行ったのも得体の知れないMTGのデュエルたるものをマンガで簡易に疑似体験したいという世相があったからだと思い返すんですよね。

だからカードを買って遊ぶのでなくホビージャパンで強いデッキを知っているだけの人とかもいて、ガンオタに軽くMTGの話題を振ると1回もやったことないくせに強いカードの名前と絵と効果は知っていたりして、そういうところがヲタはヲタだなぁと。

それで新ルールのプレインズウォーカーが台頭して反転カードとかも出て、デッキの動きが想像もつかないようなものが優勝デッキだった時にはもうMTGは俺の属性とは無関係になっていくのかなと寂しくなっていたのですが、最近また昔の戦略が通用するというかレシピを見るだけで理解できるデッキが好成績で安心しました。

てかカルドセプトの世界でもリボルトでいちど入ってくる情報が意味不明になったことがあるんですけど、バカを承知で有り体に言うと新参者がめっちゃ弱くて上手い人がファンデッキで遊んでいたら優勝してしまったシーズンとかに意味不明の優勝レシピが流れてきているだけでガチ色が強い人が多数集まると納得の行く優勝レシピになるという。

まあ、カード買っているとカードを繰って絵を眺めて妄想してと色々と夢中なのですが、お金のためと思った瞬間から優勝より節約のほうが期待値が高く、その中でやるなら賞金が欲しいとガチの理論を見直し、ゲームを遊ばず勝ち方だけを考えていた時に強い人と同じ考えを備え、そしていざ勝負をすると想定内の同系戦に運ゲーブルジョワゲーというガチを目指して破れた誰しもが吐く愚痴を同じようにこぼしかけていたのですが、その中で出来る研鑽としてやっぱり節約を続けているとカードが売れなくなって売れなくなったシーズンに売るために試行錯誤したプロのレシピはちゃんとファンデッキだったわけで、ファンデッキで楽しんでいた人はそれはそれで正しいし、勝ちを目指すための研鑽もエクセルとかでさらに事細かに裏打ちされてきたんだなと。

時々また遊びたいなと思うことが思うことがあるんですけど、貯金が増えるたびに優勝のインセンティブが小さく見えてきて、節約最強、ゲームは机上で練る。そんなことしてたら楽しみのためのゲームを味わう感性がしぼんでホンマに心のほうが貧しくなっちまったんじゃないかと心配になる41歳の春です。