あらためてプレイする伝説のオウガバトル「理想の治世とは」

ゲームの起源は諸説あるが将棋は軍事に、麻雀は賭博に、トランプは占いに由来する。

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俺の伝説のオウガバトル初プレイは高校の時で武力で全てに勝り、王位についたら暗殺されるという織田信長本能寺の変を見事にトレースしたような筋書きをなぞった。

学校でも何人か持っていて「クリアしたけどエンディングで暗殺された」という話を小耳に挟んだ担任の坂本先生から「バカモン!そんなもんクリアとちごてゲームオーバーじゃ!」と言われたが、竹田が「いや違うって!今頃のゲームはマルチエンディングって言ってゲーム自体はクリアでもシナリオに分岐とかあって・・・」坂「どんなゲームなん?」竹「シミュレーションゲームでカオスフレームの増減が関係してるらしいけど」坂「先生はゲームの話はわからん」俺「将棋みたいに駒を動かすゲームで、駒の強さで言うと悪魔の駒が強いけど、あんまりそればっかで勝つと評価が下がるというか」坂「そんでゲームには勝ったん?」俺「まあ、敵の大将は取ったわけで」竹「吉井が良いエンディングだったらしいけど」坂「吉井はどうやったん?」吉「いや、俺は攻略本を読んでその通りにやっただけです」坂「吉井はよく勉強しとるやないか!お前はボンクラじゃ!」

それから俺は高校生活において担任からボンクラ呼ばわりをされて過ごすこととなった。悔しいが、担任は柔道部の顧問で歯向かうには恐ろしく、まさに「鋼の教えと力こそが全てのゼテネギアの時代」だったなと振り返る。

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ちょっと違った。「力こそがすべてであり鋼の教えとやみを司る魔が支配するゼテギネアと呼ばれる時代があった」が正解か。今思えばこのオープニングがグッドエンドのヒントになっている。悪しき帝政の世に反乱軍が立ち上がるわけだが、そのリーダーが力を求めるタイプなら革命して再び王座に就いたところで世は治らない。

ゲーム中にALIの文字で示されるアライメントはalignmentではなくラテン語alimentaから出来た語で古い言い回しで「福祉的である」という意味だろうな。俺は当時「徳」と訳した。

戦争ゲームなのだから武力が高くないと勝てないわけで、徳ばかり高くすると戦争そのものに負けてゲームオーバーとなる。

考えられる攻略法としては主人公ユニットの徳を高くして戦闘には参加させず、敵を倒すためのユニットを作って殺しという悪い仕事は部下にさせて街の解放などの臣民忠誠度を試される案件には僧侶属性の主人公を使うという裏表の使い分けを要求される難しいゲームである。高校生でも出来るやつはいるというか、小中学生でも攻略本があれば分かるがゲームの画面から得られる情報だけではガイダンスが弱いというか、謎に包まれたゲームという感想であった。

ゲームの最初のタロット占いで運命の大部分は決められてしまうのであるが、どんな占い結果であれ数十時間に及ぶゲームの最後までを進めることは出来る。

高校の頃からの26年間の人生を振り返りながら、今あらためてオウガバトルに込められたメッセージを読み解きなおしている。聖人君子の治世が良いという考え方は長い人類の歴史からすると偏っているとも思える。農民の出身の秀吉が刀狩りを行ったおかげで後の徳川幕府一揆で倒れなかったというような日本史的な考え方だってある。秀吉のずる賢さが農民の策を前もって制する形になったのだから。

オウガバトル開発元のクエストは元パソコンゲームのボーステックであるが、クエストという社名がドラゴンクエストを連想させて海外販売の版権をエニックスが持っていたというのがな。ゲームから学ぶというよりはゲームを題材に出てくる疑問の多くを本や辞書で手繰り寄せるわけだが。高校のときにゲームオーバーと言われた悔しさがいつまでも残って、オウガバトルはいつかやり直さなければならないと思っていた。

まあ、最初のタロット占いでアライメントの高い答えを選ぶという第一歩は越した。