電卓でめっちゃ大きい数を表現するときと、不定積分

電卓で桁数以上の値を表示するときに対数を使ってe+130とか出るやん。

同じように不定積分積分定数不定のまま240+Cみたいにさ、そのまま出せば良いような気がするんだ。定積分は電卓で計算できるけど不定積分は求まらないっての、なんか数学に電卓が負けたみたいで悔しいから。

高校数学をあらためておさらいすると自乗すると-1になる虚数iは代数学を勉強するときにどうにかこうにか受け入れたんだ。代数学は確か高1だから高2になるのに覚えなきゃいけない。そんで基礎解析は高3で俺は受験科目がセンターと確率統計か物理だった。そんで基礎解析の最後の章である積分の内、値が定まらないという積分定数だけ理解できなかったんだよな。求めるために計算するなら分かるけど、分からない値を増やしてどうするんだ?みたいな。

どうするんだ?ではなく、不定積分するってことは求めたい何かに対して分からない値を増やすってことなんだと近頃では分かるようになった。

何かを求めたい、そうすると分からない値がひとつ増える。それは恐らく虚数や数列とか極限とかの記号ではなく、ひとつの値であるだろう、ということ。ここまで分かれば数学を他分野に応用するときに「ここだけ分かりませんけど、何かの値をハメると上手いこと行くはずです」って言えるのが不定積分なんだよな。

世の中のこと、つまり社会とか自然科学がf(x)=x^2+2*x+1みたいな単純な関数にハマることってむしろレアケース。だから不定積分みたいに分からないままでも求めたい値をどんどん使って、ひとつづつ実測値を当てはめて狙いの値を求めていくような実験をするんだよな。

俺は専門卒だけど何かの間違いというか運の良さで建築物の構造解析のアシスタントに雇われて3年くらいプログラムの勉強に没頭できた。

しかし、そこが嫌になって転職を繰り返すうちに専門卒という履歴書を出すとCADの設計くらいの仕事でも「本当に三角関数とか分かるのぉ〜?数学できなくて大学行けずに専門学校行っただけちゃうのぉ〜?」などと面接官にいびられて「それくらい分かりますゥゥっ!」ってキレちゃったりした。けど、まあ結局の所は関西で自分の異色の経歴を分かってくれる人とつるんでいる間に関電とか大阪ガスの研究所に入れてもらってそういうところにいる人が実は大学で数学やってたけど実務にコンピュータを導入してC言語が分からない、みたいな「ねじれ」を強く感じるようになった。

家電メーカーの研究所のほうが技術は進んでいるし、関電や大阪ガスがタンカーで燃料を日本に運んでいるその船は大阪ガス関西電力ではなく造船所の技術であって、俺がもし大学に行っていたらある意味でもっと沿革の下っ端の技師になっていたかもしれない。

専門学校の典型的イメージの「金持ちのボン」という扱いでソフトハウスに就職できたことはある意味では幸運で、社会科が苦手だった俺が自分の脚で辿って学んだ現代社会は小学校で勉強した江戸時代の封建社会よりも地位や役職の縦の壁が厚いものに感じた。

まあ、話がそれたけど、電卓に不定積分が解けないってことは無いと思う。人間で不定積分を解く人も値がわからないからCって書くだけなんだから、電卓もそのまま画面にCって出せば同じこと。用は足りる。

俺が小学校の時は同級生が「電卓ってめっちゃアホやでー!いちわるさんかけるさんってやってみぃ!れーてんきゅーきゅーきゅーって出るやろ!いちわるさんかけるさんはいちやってのー!」と言っていたが、最近の電卓は画面に出す実数部以外に内部的に現在の値を分数で持っており「いちわるさんかけるさん」は0.333333から3を掛けると1になるようになっている。小学生に回路が負けるのは悔しいが、そんな人は少数派でいまどき高校生にスマホが勝っていると思っている人もいるかもしれない。

不定積分くらいはそろそろやっつけないといけないと思って。いや、いまの高校数学で不定積分を習うのかどうか知らんけどさ。