令和のはじまりは心地よい日です

昨晩平成最後を友人と語らおうと電話したけどつながらず、夜更かしして寝たら朝早くに返しの電話で起こされてやや寝不足からスタート。

タバコを吸ってコーヒーを飲みチーズの入ったパンをモサモサと食べてから寝足りないので布団に入ってしばし目を瞑るも目が冴えて眠れないので起きる。

天皇陛下即位式などを見て令和の1発目のゲームはゲームボーイアドバンスゼルダの伝説。30秒位あそんでタコを4匹画面からやっつけたところで電源を切る。子供の頃はこれでまる1日とか遊んでいたんだよな。信じられないぜ。

ふと昔のことを思い出す。俺はドラクエ1と2のカセットを借りパクされたと思っているが、記憶をよくたどるとドラクエ1はファイナルファンタジー1とドラクエ2はナムコスター・ウォーズと交換したのであった。その時には既にクリアして飽きていて、親から買ってもらった大事なものという感覚が少なかった。

ドラクエ1とファイナルファンタジー1ではどちらかというと得なトレードなのだが、ドラクエ1は俺の大事なもの。ねえダーリン、僕はノータリン、大切なものをあげる。親から「そんなに大事にしていたものと交換するの?いらんやつと換えたら良いのに」「大事な友だちだから」と言ったのだが、その後に遠足でその村上くんと弁当のおかずをひとつかえっこして「トンカツ欲しい、おいしそう」「いいよ」「じゃあミヤザワ君の嫌いなものは?」「トマト」「じゃあトマトあげる」「えーっ!」「嫌いなものも食べやんとアカンねんで」というやり取りがあった。あのやり取りはFFよりドラクエがつまらなかった仕返しだったのかなとふと考えたが、今からでは確かめるのは難しい。

俺が私学の中学に進んで村上くんも一緒に行きたいと言ったが村上くんは親に「受験が難しいんだぞ!」と言われて受験せず小学校卒業で引っ越しした。親が転勤族だった。

俺はそれで結局懐かしさからドラクエの箱付きをヤフオクで落札して取り返したのだが、なんか変なシールがついていて失敗したかなと思って物置にそれを放っていた。

突然それを思い出して変なシールを剥がしてみようと物置から見つけてくると、カセットの箱の上にビニールがかぶさってビニールに変なシールが貼ってあるだけだった。箱は綺麗だ。なんだかそれで妙に安心して、部屋の棚にドラクエを飾ってみたが、10分ほど眺めたらもう充分という気になってもういちど片付けた。

それから遊戯王DSを何度か遊び、思えば俺のマジックザギャザリング体験は口論が中心であった。デッキのアイデアを出し合い、ダメ出しを食らう。グループの他の人は輸入されたすぐのマイナな頃から混沌としたゲームを何度も繰り返して頭の中にデュエルのイメージがあり、カードも名前だけで効果が分かる。俺も当時はまだ若くて頭も冴えていて名前と絵柄と効果をすぐに覚えたが、ゲーム中でどういう風に機能するかという想像力を持つには経験値が足りていなかった。それで新しいアイデアを出しても対策となるカードを挙げられて「あれもダメこれもダメ」を食らってゲームをさせてもらえなかった。

今になって遊戯王でコンピュータ相手に自分のアイデアを試すとなかなか上手く行く。マジックザギャザリングとは勝手が少し違うが、アイデアが画面の中で形になってコンピュータ相手にデュエル体験となることで心の空虚な部分が満たされていくのを感じた。

昼にスーパーのカツ丼を食べ、柏餅を食べてから冷たいお茶を飲む。

それから机の引き出しと本棚の隅と大事なものゾーンにあるマジックザギャザリングのゴミカードとシールド・デッキとそのうちプレミアが付くかもな大事なカードを全部広げた。万年床の布団の上にカードを並べて、今持っているカードの中で最高だと思えるデッキをしばらく考えた。ゴミカードの中にも使えるものは数枚あるし、反対にプレミアカードは相性のある特殊なデッキでしか活躍できないものが断片的に散らばっており、即座に強いデッキとはなりそうにない。

それらを混ぜてひとつのデッキにする時間はとても創造的に感じた。

出来たデッキはカードをスレや汚れから守るスリーブから取り出し、むき出しで繰って遊んだ。ひとり回しだ。赤黒緑で組んだので、余ったカードで青白あたりを組んで来客とふたりで遊べるようにするのも楽しそうだなと思うと相手方のデッキのアイデアも浮かぶ。それは実効には移さずに、片付けた。

寝不足にカツ丼に冷たいお茶を飲んだのが胃の不快感になって胃薬を飲む。

昨晩は年越しのようなテレビの盛り上がりが突然降り掛かってきたようで俺は何を思えば良いのだろうと迷っていたが、今日は振り返った過去に腹立たしく思うことが無くなり、すべて良い記憶になったような感覚がした。

このブログを書き上げて、今日は何となくよく眠れそうだと思う。

 


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