今日のバトルガレッガ(1回挑むも自己ベスト更新には至らず)

元政治家が自宅で息子を刺したニュースで「ネットゲーの資産を自慢」「実収入も自慢」していて、なんとも他人事には思えないで見ていたのですが。

まあ、ゲームのハイスコアを自慢して、収入の方は平均年収より少ないんじゃねと思ってたけど数字のマジックで中央値よりは高くそれ以下の庶民から反感を買って取り下げたという。スーツ着て会社づとめというだけで世の中の色々の仕事の中では高い方に入るらしいですね。もう退職しましたが。今は自営業の邪魔をしているニート同然の生活です。

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ドラクエX発売後の1ヶ月は本当に1日中ゲームをしていてサーバーで最強の魔法使いを競っていたのですが、それで毎月1000円ちょっとの支出で何もしないでいると将来が心配で1ヶ月で辞めたのですが、5年とか経ってみると発売日に誘った仲間がゲーム世界で最強になりながらも親の農家を邪魔しながら元気にやっているようで、心配しすぎたかなと。

それで今日のバトルガレッガは3,779,990点です。4面ボスの攻略が安定してきました。

俺がシューティングにのめり込み出したのはファミコングラディウスディスクシステムザナックからゲーセンのR-TYPEイメージファイトあたりで「自分が好きなのはシューティングである」と子供ながらに思っていて、今もまあ子供じみているのですが、中学でストリートファイターIIと出会ってからいつの間にか「自分が得意なのは格闘ゲームである」と思い、小学校では自慢になったドラクエクリアでも中学に行くと友達全員が解いていたので「RPGは誰でも出来る」など考えるようになっていたところ、格闘ゲームで自信を付けて遠征に行った先の名古屋のゲーセンで怒首領蜂のハイスコアをゲーセンでやっている人のプレイに「自分よりシューティングが上手い人を初めて見た」と思ってから、東京に遠征に行ってガキの頃ハドソンのキャラバンシューティングで全国1位を競っていた新宿ビシャモンさんから見せたら真似られるから誰にも見せていないというソルジャーブレイドの全国1位ビデオを特別にダビングしてもらって家に帰って何度も見ていたら2分のゲームのビデオを繰り返し巻き戻し再生するさまに親に「息子がおかしくなった」と言われてビデオを隠されるという事態になり、そのビデオは今もどこにあるか分からないけど、自分はまだ全国1位ではない状態でも「全国1位のグループに混ぜてもらっている」という意識が芽生えて相手もいないのに電話を中心に情報交換して頑張るようになったんですよね。

そっからインターネット時代は格闘ゲームばかりで、シューティングは副業状態となり、YouTubeにシューティングビデオがどんどん上がるようになると自分の位置も見えてきて全国1位のためにやる人の少ないゲームを選ぶ逃げの姿勢を取るか、競技人口が多いとか難易度が高いとかに果敢に挑むかでも色々とあるのですが、この感覚ってシューティングゲームに限らず弁当作りのお母さんでも「よそのお母さんは子供にキャラ弁持たせてる」みたいなネットの普及による平均値感覚の更新と、それに伴う平均値の底上げが全国規模で起こっているようにネットでは感じるんですけど、現実としてはネットで競うのってリアルで相当の頑張り屋さんか、反対にリアルになにか問題のある人かもしれないなと近頃では思います。俺はリアルに問題のある人です。

まあ、キャラバンの2分間モードでは素人と名人で40万点と50万点くらいの開きしか無いんですけど、その輪の中でも「5分間モードは疲れるし、決勝行ける人のもの」という感覚があって、2分の密度をいかに高めるかという勝負なんですけど、ゲーセンのシューティングはまずクリアするだけでもキャラバンよりずっと難しく、さらにそこでスコアを出すとなると競技人口自体はファミコンの大ブームであるスターソルジャーよりずっと少ないわけで。

そういう意味でバトルガレッガのハイスコアは高難度に思えるけど競技人口自体は少なくて。コロコロコミックゲーメストどっちが売れてて何歳向けでどうなのよって感じもするのですが、ゲーメストついでにスーファミ版のソニックウイングスが欲しくなってヤフオクを見張って無駄な時間を過ごしているならパッと買っちゃっえば、いや買ったらまた宿題が増えた感じがしそうで。どうしたものかと思っております。

こういう風に思っていることも含めてダダっと書き出すと、事実確認や論理性のチェックと小説的な感情描写がないまぜになって、読むのは読みづらいかもしれないけど自分の思考のおかしいところを人から正してもらえることがあって。

それが面白くてブログやってんですけど、最近ほとんどフィードバックは無いです。アクセスログだけ。昔はチンプンカンプンだと言われて、分かりやすくするために伝えることそのものを簡単にしてきたので、昔の分かりにくくてないまぜになっている文章こそ懸命に読んで「理解してあげないといけない」と思われているのかバカにされてんのか。分かりやすくかつ簡単な言葉でとなると、抽象的な単語でなく単語を辞書で引いて噛み砕いたものを自分の思想に合わせて噛み砕いた言葉で長々と綴るので、読むとしんどくなる、頭がおかしくなるという友人もいます。

本を1冊読むことと比べたら量は少ないはず。