今日のバトルガレッガ(今がいちばん面白いところかも)

ハイスコアをしていると、たったひとつの正解を思い描いて同じような失敗を繰り返し、ひとたび成功するとビデオやリプレイにそれを残し、出来ることなら辞めてしまいたいというような心境になったことがある。

だが、俺がゲーセンに入って台に座り100円玉を入れるのは「ゲームを始めたら何か楽しい体験が味わえるだろう」と予感するからだ。

何が楽しいのかは、ファンとしてもその楽しい部分だけを濃密に何度も味わいたいし、プログラマーとしてもより面白いゲームを作りたいと思って研究したつもりだった。

そしてクリアという目標、500万点という目標を達成した俺はバトルガレッガの良さはもう味わい尽くして後はハイスコアというお題目のための苦行が待っているのではないかと、600万を目指しての次のプレイにどこか尻込みしていた。もうやりたくない。

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それでも山里亮太蒼井優の結婚会見を3回くらいテレビで見て、何度見てもこっちまで幸せになるわと言いたいが、4回目くらいになると飽きてくる。

そこでバトルガレッガである。

今日のハイスコアは4,611,640点であるが、5面のボスラッシュに残機2機ボンバー1ストックと余りで抜群のコンディションではあるが、いつもと違ってサーチオプションを装備していた。今までどおりならオプション前方固定に変更して6面まで行ってしまえるパターンだが、サーチオプションでボスと戦ってみると、昨日と全然違うバトルで楽しかったのだ。その結果として今日は負けであった。

「麻雀って負けるから面白いのよね」ってマンガのセリフか何かで覚えてるんだけど、バトルガレッガも負けるから面白いのよね。どうにかこうにかクリアして、クリアしながらハイスコアを目指すのでなく、ハイスコアをやっているとまた負けるかもしれない。このスリリングなところが面白いんだなぁ。

それでも、ゲーセンのゲームというのは買って遊ぶ人向けでなく通りすがりの人にいきなりでも分かるルール設定で遊んでもらい、一定時間で死んでもらうために設計されているというのが通説だ。けど、バトルガレッガは違うんちゃうかな。ハイスコア全国1位を競うスコアラーのための例外的なゲームデザインで、後にも先にもこのゲームにしか無いものが詰まってるんじゃないかな。(バトライダーも結構遊んだけどね)

ゲームプログラム主導でプレイヤーが決まった操作をして楽しむのでなく、プログラム対人間のバトルを楽しんで、ひとたび人間が追い越したと思ったらまた少しの体調や気持ちなど生体的変化で固定されたプログラムのしきい値に届かなくなる。

このせめぎあい。

ちょうど、いまバトルガレッガと俺はいい勝負なんだと思う。全力をぶつけられる。少しの手加減を試みることも出来る。そして決して楽勝ではない。

友人には「いまどきシューティングの記事なんて食らいつくやつおらんやろ」と言われながらも、じゃあマインクラフトやゼルダの伝説スイッチ版なら良記事が書けるのかと言うと、自分自身の過去の精算とともに綴る自分史の続きになる新しいページとしてのバトルガレッガには意味があるんだ。

部屋の隅にはアマゾンから届いてダンボールのまま放ってあった新しいゲームソフトをひと箱に詰め直した贅沢ボックスがあるんだけど、それらのゲームを新しく始めるより、今の俺にとって1日数回のバトルガレッガが良い刺激になってる。楽しい。

俺が格闘ゲームにつぎ込んだ時間を考えると、通して見るだけなら何本ものゲームを見られたとしても、上達体験が伴っているかを併せると、その他のゲームよりバトルガレッガだけが連れて行ってくれる高みのようなものが見えているんだ。

それはそれで続けて、新しいゲームをする時間を作ったり日常生活を健やかに営むための雑事も片付けていきたい。新しいゲームにも興味はあるけど、俺はレースゲームやシューティングゲームの競技性に夢中になる行為を一般的に言われる「サルになる」とは正反対だと思っている。サルの檻にゲーム機を置いても全国1位にはならない。

ちなみに、5面ボスラッシュ時点で2機1ボンバーだと書いたが、1面の途中で弾が見えずに1機落としている。そこから立て直しての460万点。この感覚がゲーセンに求めたものだ。