フォードの名言は恐らく嘘なんだろうな

車のブランドであるフォードの社長が「もしフォードという会社が無くなってもメンバーが集まればもう一度フォードのクルマを作れる」という名言を残したんだ。

これがなぜ名言かと言うと日本の会社は多層的な下請構造があって、お金出すからアレやってコレやってで工場で頑張る人に頼り切る格好になったりするの。

フォードは違うよと。エンジニアがいて、メンバーが集まればそれだけでクルマを作れる組織なんですよと、言いたいのだろうし、俺はクルマは詳しくないけどプログラマーとして自分でコンピュータ作れるかなと思った時に、フォードのイメージに憧れたことがあるんだ。だからトランジスタ回路やプリント基板のコンピュータも勉強した。

そんなこと今の時代に何の役に立つんだと思われるかもだが、最近の日本の韓国への輸出規制とか見ると、韓国企業はやっぱ日本企業の部品に頼らないと製品が作れない。

しかし、そう考えるとフォードって本当に鉄工所から何から何まで揃っている企業なのか、疑問が湧いてきたんだよね。俺が極端なだけで、フォードが無くなったからと言って製鉄会社は世界の何処かに残っていて、鉄は買えると仮定するとフォードが作れる。恐らく、それくらいでもフォードの名言は真理とされるんだろう。

ただし、ことが世界経済戦争になったらどうだろうと考えると、俺はITばっかり株が高くて基礎を守っている会社が後進国アウトソーシングされていく昨今の事情は芳しくないと思っている。かといって自腹で工業株を買い占めるほど財力があるわけでもない。だから文筆でこのことを誰かに伝えたいと思った。まあ、俺が考えて伝えなくてもそれくらい分かっているよと思う人もいるかもだが。

強い組織ってなんだろう?というのが根底にあるんだ。会社は間違いなく組織であるけど、下請けの工場や最下層のアルバイトがいないと回らない現状、代わりはいくらでもいて誰でも出来ると思われていた仕事の担い手が不足して回らなくなるのなら、いくら会社という組織が頭脳集団として強いと仮定しても国家は果たして組織と言えるのか、内閣は組織だけど国民の集団は組織とは呼べない、まだ組成されていないのではないかと考えを巡らせてしまう。

まあ、世界経済戦争になったら、という仮定が論理の出発点だから、世界中が仲良くすれば大丈夫ならそれに向かって動く政治という考え方もあると思う。後進国で始まっている事業に対して先進国が競争を仕掛けて取り上げる格好になるのもバツが悪い。

そこまで考えてみてからフォードの名言をもう一度考えると、先進国のエゴだと思う。