ガンダムネットワーク対戦の新しいところ

プレイヤーがキャラになりきるのでなく既存キャラとしてタイプ別に分けられた指揮官のなかで自分の推しを決めて兵士になって応援するというゲーム。

これはもう、モビルスーツとしてのパイロット性能が戦局にどれほど影響を与えるかというのと民主的な数の力がいかほどかということを社会実験する格好になるだろうな。

ガンダムVSシリーズは2対2のコスト制でパイロット性能がモノを言うゲームだし、ガンダム無双のようなジオンの数を連邦のスーパーロボが全部やっつけてしまうゲームもある。ガンダムの二次創作ものの面白いところは物語の主役であるアムロ・レイの属する連邦軍より敵役であるジオン公国のほうがキャラクター性とロボットの両面で個性的であり、これはウルトラマンのゲームがウルトラマンひとりで怪獣を10体順番にやっつけるシナリオでなく、戦争を知らない世代に戦争を伝えるひとつの形として負ける側の人間ドラマを詳細に描いた原作。

その引き出しとして相手側のジオン公国を主役としてギレンの野望ジオニックフロントという戦略ものが出た、というのはファミコンから遊んでいる俺としてはちょっと違って、ガチャポン戦記の時点で連邦もジオンも入り混じって子供のときは遊んでたよな。

俺としてはアムロとブライトさんセイラさんにシャアとララァ以外は「その他の人々」として何となく視聴していたアニメに同級生がランバ・ラルの話をしていてそんなところに感情移入するのは何故だろうと不思議に思っていた。

それらが素直に子供のときに見たアニメの感想でなくホビー誌の解説の中から自分の気に入ったものを語っているとしても、女性週刊誌の論評を読んで「加山雄三なんてそんなに歌は上手くない」と得意げに話すおばさまとホビー誌を読む中学生が既に大人の真似事として同じことをしていて、プラモ作ったり主人公が好きな子を「小学生みたい」といじめたんだろうなと思う。

何も考えていない子供時代の俺はそれで言われたことに腹を立てて単純にそういうアニ研の同級生を不愉快に思ったが、もちろんそれは若者がおばさま方を不快に思うのと同じで、少年ジャンプを読む息子がいる家庭のママが若者言葉と思い込んで息子の悪口を真似てしまう、みたいな玉突き状の仲間割れ構造なんだろうなと近頃では思う。

もしかするとガンダムのネットワーク対戦の新作もガンダムファンがひとつに団結するのを恐れて投票制で支持層を割ろうとしているのかもな、というのは考えすぎか。