今日のGGXXAC+(このゲーム「ずっと俺のターン」だな)

ジョニーでコンピュータ戦をしているのだけど。

コインやミストキャンセル で固め連携がどんどん進んでいるのだけど、コンピュータも9人目のメイに10人目のイノくらいになるとガードが固い。結局格闘ゲームってずっとガードしてたら投げで崩すか中下段の二択に行くかなんだけど、コンピュータに中下段の揺さぶりって効くんですかね。揺さぶられるようにプログラミングされてたら食らうかもだけど、ランク毎にガード率がパーセンテージで決まってるとかだとパチスロ連携のごとく食らうまで固め続けるしか。

この、食らうまで固め続けるのも連続ガードだと仕様上喰らいようがないので、時々動けるけど反撃は間に合わないようにちょっとだけガードとガードの間を開けるように連続攻撃していくのがポイントよな。対戦だとそこがリバサポイントになる。俺はソルとアクセルからGGXに入っていて、結局リバサ昇竜と投げいう思考停止でコンボ猿になっていたように振り返るんだ。

ジョニーで相手の技を食らう契機とか、反対に相手のガードを崩す契機を考えていくと、固めた状態から足払いや下段ミストファイナーと低空燕扇牙の択だって出来るし、コインでリバサヴォルカニックヴァイパーを詐欺ることも出来るんだろうなと。

ただし、俺の経験上GGXの時点でミリアとジョニーが強キャラという情報は知ってたけど、ゲーセンで相手が入ってくるのは俺がソルやアクセルを使っているからで、負けるとしたら隠しキャラのディジーくらいだったという。

それに対して「ジョニーやミリアが強いの知ってんならジョニーを使えばいい」てのはある意味正論なんだけど、そうすると相手がいなくてひとり用をするしかなく、ひとりで遊んで面白いと思えるようになったのは街ブラする小遣いが無くなってからなんだよな。それはひとりで遊ぶほうが面白いと思うようになったってことでなくて、ふたりで遊ぶほうが面白いとは思っているもののお金がなくなって仕方なくそうするようになったのが出発点なんだけど、それを続けるうちに趣味も変わってひとりで遊べるようになった。

そこで対戦で相手が人間だからと心理や操作反転みたいなことを考えていたのが、コンピュータのロジックはこうだろうから、みたいに変わろうとしてんだけど、解析的な根拠があるわけでなく、あくまでブラックボックス。初期のストIIとかだと定型的にパターンにハマったけど、ストIIXや餓狼伝説スペシャルで既にひとりで遊ぶ相手として十分で、GGXXAC+もひとりで充分楽しめてる。

ただ、本音でいうとどこかつまらない。人に勝つ喜びとか100円賭けている緊張感とか、そういうものがなく何を理由にゲームをするモチベを保っていくか。

ストIIXはクリアとかハイスコアで満足を得て、ゲーム理論で考えて対人は結局バクチの要素があって究極的な答えはないと納得したが、まだまだ技を磨き続けている人もいて。どうやってそこまでのモチベーションを保てるのか不思議になる。

過去にはそれは大会優勝とか一攫千金のインセンティブがモチベになっていた。街ブラするカネがないからやめたというのとは若干の矛盾というかすれ違いがある。金があるからやることなのに金のためにやるやらないを決めている。やろうと思えばゲーセン行って遊ぶくらいのカネはあるよ。けど、それよりローストビーフとか食いたい。テレビも見たい。酒も飲みたい。さらに言うとこの10年は毎日のゲームを十分程だけどギターやピアノの練習に当ててきた。ストIIのガイルのテーマのイントロを弾けるようになった時に「もしかしてこれを聴きたかっただけだったのかな」と思った。

あるときウメハラ選書がプロゲーマーになる前の話、取り巻きの人がブログを書いていて彼はいついかなる時でもゲームのことを考えていると言った。俺もかつてはそうだった。道を歩きながら上の空でガイルがソニックブームを打ってケンが波動拳で相殺して強パンチの裏拳で波動拳の構えをぶん殴って、そんなことばかりだった。

昨日は動画で餓狼伝説スペシャルの大会とGGXrdの百回ガチ組み手を観た。全部見ないで、途中で飛ばしたことを考えると、俺自身バリバリやっていた頃から大会の試合と試合の間の待ち時間に既に退屈していたことをふと思い出した。

生活の退屈に対する賑やかしとしてのゲームであるはずだ。充分に満足なはずだ。

ただ、自分のジュニーの動きにまだ納得行っていない部分があるからまたやるんだろうな。その腹の底から苛立つような感情だけは子供の頃からゲームをする上で信じてきた感覚なんだ。決して夢のような動きでなく、ゲームを動かしてみた中から洞察したプログラムの仕様が自分の中に出来上がって、この仕様ならこう操作すればこう動くはずだという目標が出来て、画面の動きが自分の思い描いたとおりにならないのは操作の方に不備があるからで、機械のように自分を精密にしたいという思いが動機になっている。

いろんな角度があると思う。満たされている部分と、そうでない部分。ひとつづつ自問自答して答えとご褒美を自分で用意して、気持ちを落ち着かせてゆく。

記録だけでなく、常に自分がそのプレイを出来る状態にしておきたい、みたいのは突き詰めると不老不死みたいな願いなのだろうか。

アイスキャンディでも食ってみようか。

 

腹の中を書き出して整理してからもう一度GGXXAC+を起動してプレイした。

自分のジョニーに上手くなれるところとかミスを無くすところはまだまだあるけど、そういう納得のいかなさでなく、コンピュータを固めてもずっとガードして削りダメージなどが殆ど無い以上、固めて攻めあぐねて困るより適度に泳がせてカウンターで勝っていく要素も取り入れる。それとイケイケの感じを両面使い分けて、意のままに勝つ。

ゲームをつけっぱなしでデモ画面を流しながらブログを書いていると、なんとなくノッてきた。激しい音楽バンドの人が年食ってハァハァゼィゼィ言いながら頑張ってるみたいな、そういう感じのオッサンギルティ。いやまだまだ若いですよみたいな。