今日のGGXXAC+(ジョニーをやりこんで見えてきたことなど)

今日の課題はミストファイナーレベル2ロマキャンステップ前HS低空ダッシュ空中コンボ。

トレモでやったほうがそればっかり出来るのだけど、まだゲームの全体像も見えない内から尖ったトレモをするよりもアーケードモードのほうが楽しめる。

アーケードモードの1キャラ目とかはトレモのごとく「ボッ立ち」の相手をやっつける感じなんだけど、たまに反撃される。ここを確実にパーフェクト2回取るほうがトレモでコンボ練習するよりためになっていると思う。用心深く仕掛けるようになるからね。

それで、まずグリターイズゴールドのコインを当ててミストレベル上げるんだけど、K>S>HSのガトリングからコインステップK>HSがループするのかしないのか。8枚使えばなかなかの半永久になりそうな連携。

しかし、ステップKやHSに行くならいっそK>S>HS>コイン>ミストファイナーと行けば5ヒットのMFLV2コンボが完成する。トレモでなくこのコンボで実戦の中で次のコンボパーツを練習する。実戦でやっているとミスした時のフォローが身につくからね。

まあ、妥協コンボとしてMFLV2ロマキャンステップ前HS>MFLV1てのもある。MFLV1を1発当てるだけでも威力は確実に伸びる。ただロマキャンのゲージ使ってHS>MFだけでは物足りない感じも。そう考えると、ゲージ25%乃至50%でのダメージ効率とかも計ったことがないわけで、まだまだこれからだという感じもする。クリアは出来るが。

MFの吹き飛びに前HSで浮かせて低空ダッシュK>S>Dと行くわけだが、実はまだ人生で1回しか決めたことはない。コンボビデオで見て「スゲーカッコヨス!」と思って真似しようとしたら1回出来たが相手キャラ限定かもだし地味にむずい。

原因はだいたい分かっていて、前HSのジャンプキャンセルダッシュを斜め上>前と入力すると最速低空ダッシュになる。前HSからなので前からニュートラルに戻して斜上>前と行くのがな。手癖で前HS真上>前>前と行ってしまうのを矯正する所からスタート。

しかしまあ、昔はやりこみの前線にいて発見から練習から何から何まで関わってたけど、今はゲームが出回ってコンボビデオを見てからいちばん減るやつを目標にお手本付きでスタートできる。自分が先端であるという背負って立つような感覚がないことでモチベは低いが、作業としてはラクになっているはずなんだ。

思えば19の頃はゲーセンバイトをふたつかけもちで朝から夕方まで店の掃除を軽くやりながらお客さんのゲームを観戦して、給料を返すかのように仕事上がりから終電まで対戦とかしていたからな。それで家ではサターンでひとり用で研究。あの熱量はない。

まあな、ストIII3rdの後期から既に周りの人間はユリアンやユンのコンボに夢中で、俺は軽く遊べるリュウ春麗を使い続けていたから、時間がヴァンパイアの目押しコンボで止まっているんだよな。ヴァンパイアでもビシャモンダッシュ固めやドノヴァンの剣挟みコンボくらいのもので、セイヴァーのリリスのチェーンルミナスとか、同じゲームでも技術的に難しい方に舵切りしてきた人と比べると、まだまだ至らない部分もあって。

あの頃は今より頭がもっと単純で、不利なキャラで勝つほうが上手いと思っていたんだよね。今は不利なキャラでは勝てる確率が低いだけでコンボ威力が上がれば成功時のダメージは上がるけど、期待値ってのは読み合いの成否で成功時のコンボ威力がひとつのケースだけ増えても試合の大局に与える影響はそこまで大きくないと考えてしまう。妥協を許してる。昔はもっとこう、全てが理想形になったら試合はどうなるかに夢を見ていた。

今は夢を見ていないかと言うと、やっぱり上手くなると楽しい感覚自体は確かなものだし、大会とかで意外なプレーに感動することもある。ただし、何というかゲーム以外の楽しいことをいっぱい覚え過ぎちゃって、それ専用作業員になり切れないことに不甲斐なさみたいのは感じるんだけど、幸福の総量としてはゲームに飢えてるよりメシも上手くて酒もタバコもしてだから、多趣味とは言えないかもだけど毎日の生活で味の良いシーンはむしろ増えてると思うんだよな。格闘ゲームに関しては、そういう意味で1歩2歩引いて見てるよね。

情けない話かもだけど、ひとつのことに打ち込んで大成することを夢見るより、どこかで妥協を覚えて、もし夢がかなって大金を手にしたらどうしたいかみたいなことを大金を得る前に考えて、ひとつずつリストアップして小金と工夫でひとつずつ手にしていったら、あとはとびきりのお題目以外は全部叶っちゃって、いちばん後回しにした最初の願いだけに専念してみると、昔抱いてた願いとは叶えたい夢のリアリティが全然別物になる感じ。スポーツでも後進国の選手と先進国の選手では寝室にエアコンのある無しなどサポート環境でのハンデがかなりあるとものの本で読んだけど、ウメハラでも初めて会ったときから何もかもに満たされた裕福な人に見えて、飢えた狼とは対極だなと思っていた。

今は俺も生活それ自体は満たされていて、自分のやる気をどれだけ向けるかとゲームをどれくらい練習するかが完全に等価交換になっている。そういう環境を与えられてもゲームに打ち込めるなら、それはそういう人が素直にすごいなと思えるようにもなった。

そして昔は目標だったはずのものが今では未練のようにも思えるんだ。既視感がある。

今日もゲームは1時間位でドラマ「校閲ガール」の再放送のほうが面白かった。