振り返るとつまらない意地の張り合いだった

俺はもともとドラクエ好きだった。小学校の時だ。

そして小学校低学年でドラクエが解けるのは自慢だった。学校で言った。

俺が小学校の時は大人が子供に「ゲームはいけません」言ってた。

俺のファミコンは親父が自分で遊びたいから買ったもののお下がり。中学の担任も高校卒業あたりで実はファミコンを持っていることを俺に明かしてくれた。ギャラクシアンファミリースタジアムの2本のかセットを随分と遊びこんだようだ。

つまり、多くの人がファミコンで遊びながら秘密にしていて、禁じられていることに逆らって声をあげているのが俺であって、禁じられているものは実は楽しいもので秘かに楽しむんでいるものの中で際立って目立っているだけであり、禁じているのも悪いものだからではなく活字の本の著作権をたくさん持っている出版社がマンガを恐れたりテレビ局がゲーム機を恐れたりして流した話ではないかと今からでは思うのだ。

ドラクエは100万本タイトルなわけだから、当然クリアした人などいくらでもいるだろうし、小学校低学年でも探せばたくさんいるだろう。しかし禁じられていることを恐れて声を出せないものの中で、自慢の種にしている男がヤキモチを焼かれるのも当然の摂理。「そんなこと誰だって出来る」と何度も強がられた。

いつしか俺は言われたことである「誰だって出来る」の代弁者に変わった。同じように自慢しているものを「俺もやったよ」と言えばいいのに「誰だって出来る」と突っぱねてしまったのだ。これは反感を買った。俺のカセットは取り上げられ、データを消されたり、証拠隠滅を図られて、俺はデジタルに証拠を残すのがかくも儚いものかと電池記憶式のファミコンカセットへのひそかな信仰を捨て、対戦型の格闘ゲームの強さつまり自分がゲームに順応して体得した技のみを信じるようになった。

それも、ゲーセンで披露して自慢にしていたが、台が置き換えられることで自慢はすぐに取り上げられ、どんどん罠にハマっていった。

やがて俺は色々あってコンピュータの専門学校に進み、その道のプロであるプログラマーとして働くようになった。プログラマーというのは広く社会で見ると若者からは憧れの仕事であったり割のいい仕事だが、年配者からは新しい得体のしれないものと排斥され、あんなに大好きだったドラクエも「所詮データをいじくっているだけ」といつのまにか吐き捨てるように貶した。当然ファンからは嫌われた。

ドラクエ系は暇人のすること、プログラマーは偉い。仕事は納期や勉強で休む暇がない辛さと、愚痴や弱音を吐ける相手もいないこと、ゲーム好きで集まっていた仲間からは「そういう業界で働いている人」という疎外的な態度を取られ、俺はどんどん辛くなった。

それからも俺の人生は続いてきているが、今あらためてドラクエを楽しいと思って出来るかと考えてみた。あれはあの時代に禁じられてコソコソと遊ぶからこそ楽しかった何か病的なものだったと思えるんだ。

デジタル機器が進化して、面白さのツボが暴露され、ガチャの1回に凝縮された「当たり」のために数万円が投じられる。対して、それまでのゲームのテーゼはクリエイターだけが知っている楽しみを幾重にも封印されたものだったのだ。

つまり封印を解く能力が無い限り即座に面白いと思えるものではないということ。

その手続きを知っている者同士が、俺の世代のドラクエファンではなかったか。

つまらない意地の張り合いで多くの友達を失くした気がする。友達じゃ無くなったとか、疎遠になっただけで連絡を取ればメールくらいはまだ返してくれる。けど、そういう事務的なやり取りがあるかどうかではない。楽しかったよね、と語らい合う幻想。

結局テレビでコマーシャルしか見てないけど、ドラクエが映画になったらしいね。

君にとってのドラクエはどんなドラクエだったか。

そういう事を思い出しながら酒でも飲んで語らいたい。