まあ、今更にウメハラマンガを全巻読んだわけですが

俺のブログはストリートファイターII格闘ゲームの研究成果の発表の場だったわけですが。最近アクセスが昔に比べて落ち込んでいるよなと思うわけです。

「カーメンのページ」および「つたんまにっき」としてやっていた頃は匿名性があるゆえに誰しもが読んで真似たら誰が作者かわからない的な面白さがあったと思うんですよね。それが「結局ネットでしょ」となるとつまらなくなるのは当然だし、似たような記事がリライトされて人気が分散したんだとも考えたんですよね。

だけど、本質は違うなと。攻略を読んでゲームをやってみるという消費傾向が「ウメハラマンガを読んでゲームよりプレイヤーのキャラクター性を消費する」この1点でほぼすべての人が満足して、それ以上はもう求めていないんだろうなと分かったのです。

そういう俺だって竹書房近代麻雀や女性の思春期マンガみたいのを少し読んだのが体験に先立つ疑似体験のシナリオとしてあって、現場でゲームをする行為よりマンガのほうが面白いと離れていく人に釘を差すことは出来ないわけで。

まあ、マジックザギャザリングのカードより遊戯王のマンガの部数のほうが大きな市場であるという事例とそんなに変わらないというか。あんまり、そういうことばかり考えていると京アニテロみたいな危険な思想になっていくんだけど、この出版不況からのノンフィクションをリライトしてコミカライズする動向を食い止める向きの力はないわけで。当事者としては暴力を受けたような感覚もあるんですよね。

出版業界の不況から部数が減って印税が入らず原稿料で食ってる漫画家さんの現場とかはもっと修羅なのかなという想像もまた出来なくはないけど、ネタにされた人もたまったものではない。社会不況がゆるゆると国民全体を締め上げる時に、ゲームで遊んでいる有閑階級から標的にされてゆくという構造もやむなしでしょうか。

まあ、このリライトによる著作権回避は工業分野でも類似品の特許回避で米国の利権を日本企業が奪ってきて、俺が技術者として働けたのも先人がそうして奪って蓄えてくれた富のおかげという側面もまたあるから、勝った分を取り返されたという程度の損失でしか無く、ブログのシェアをマンガに削られることは真っ当な競争の範囲。

こちらも、今までと同じやり方でゆるゆると続けるのでなく、何か変化が必要な時期に差し掛かっているんだろうな。どうすっかな。