今日のめざましジャンケン宇野昌磨

毎朝めざましジャンケンをリモコンでなく自分の手を画面に向けてバーチャルジャンケンをしているのですが。だんだんと繰り返すうちにジャンケンポンの「ポン」で手を出すのに審判的に同時と捉えられそうな後出しという感覚になってきたんですね。

しかし今日の宇野昌磨のジャンケンは「ポン」でグーだった手から指がニョキッと出てチョキになるという出し方で、それに対してパーを出したまま手を固定してしまって負けたわけです。

あと、めざましジャンケンの後にスタジオに画面が戻ったところでキャスター達が「ハハハッ」と笑ってから出演者の名前を言って「ありがとうございました」と返すんですけど、ここでジャンケンに負けていると家とスタジオは一方通行でも双方向的に自分が負けたことを笑われたという感覚に陥った時期があったんです。

試しに手を出さないでもキャスターは笑うし、勝って笑うと気持ちが良くなる。相子でも笑う。そういう体験を繰り返すうちに俺の持論であるストリートファイターはジャンケンの要素で勝敗が決まるというのも、そんな俯瞰をしたいわけでなく、解析的に楽しんでいることを勝敗に着目して笑われているのに気付いてから勝とうと考えて出した結論で、そうして楽しくなくなったという話ではないかと。

このへんが、何故そんなにストリートファイターが良かったかと言うと、冒頭のジャンケンに戻るとリモコンで遊ぶと完全なくじ引きになるんですよね。テレビ局のデータセンターでグーチョキパーを集計してから勝率の高いほうか低い法科に合わせて3本取ったビデオの1本を流すとか、そういう風になっているかも知れないし、前録は1本で視聴者に任せているかも知れない。

ただ、バーチャルジャンケンとしてテレビに手を出すだけなら、審判は自分で後出したら当然勝てるけど、ストリートファイターのジャンケンに強くなりたいからめざましジャンケンで練習するという意味では自分にもシビアに同時出すという話になる。

けど、そこで自分の時間に対する分解能が上がってきて宇野昌磨さんちょっと後出し入ってなかったかなと思うとつまらなくなるわけで。

そこへ来てコンピュータが審判のストリートファイターだと審判がコンピュータで人お人で競うわけだから、デジタルの分解能とかプログラムの解析敵知識で自信を持っていて勝てるのが面白かったんですよね。人間対人間の判定をコンピュータにさせた上で、ルールはブラックボックスというのが自分にとって周りの人間より有利で、人間対コンピュータをして観戦者が評価を下すにいつの間にかゲームがすり替わっていたんですよ。

それでも乗りかかった船でずっとやってきたんです。結局は自分が決めたことを自分でやるだけ。今も昔も人の評価は気になってもその評価をどう受け止めるかは自分の問題なので、褒められてもけなされてもやりたいからやってるだけかも知れませんよね。