無理をしないで続けられる習慣を作る

ここ1週間ほどゲームをしていない。

しかし何故か格闘ゲームのトレモの後のような肩こりに悩まされる。

ストレッチをしながら原因を考えてみた。

たぶん、ギターだな。

 

ゲームを続けることをどこかで悪しき習慣に思い始めて、ギターを触るんだけど既に今手慣れで弾けるギターに飽きていて、もっとテクニックをと思って無理目の速弾きに挑戦していた。つまんなくてやめたけど、肩にこわばりが残って痛い。

すぐには治らないけど、いつものようにギターを弾いて、こわばらないで手慣れで弾けるようになった自分を素直に以前より良くなっていると思うことにした。

 

ゲームも、どうせやるならもっと凄いコンボとかって意識して、また取り組むこと自体にマンネリな無意味感があって避けている。成長が感じられないものを気にすること無く続けたら、その中で小さな気付きとかあって、積み重なってその先に強くなるみたいなことを以前は信じることが出来ていた。

 

代わりと言っては何だけど、毎朝テレビのめざましジャンケンには手を出している。毎回違う芸能人が出てきて「この人何出しそうかな」と瞬間、考える。格闘ゲームは突き詰めるとジャンケンだ、そして自分はジャンケンに強いと思い込むことが自信になっていた、それを証明するためにはグーチョキパーのテレビのジャンケンにも勝てなければならない。こう考えていると負けるとめちゃくちゃ凹んでいた。

しかしまあ、負け慣れると3分の1勝てればよく、3分の1は相子で、3分の1は負けるはず。負けが凹むなら勝ちと相子の3分の2は機嫌を損ねることはないし、続けられる。

星座占いで生まれ月から自分の星座を決めてそれを見るとか、アタマが冴えている時はテレビの占いの時間に速読で全部の星座を読むとか、そうでなくアナウンサーの読み上げのペースで字を追うようにしたほうが言葉が染みるように入ってくるとか、占いを毎日見るのにもリズムの変化があるから、ジャンケンも続けるうちにリズムに乗って勝ちにも負けにも慣れてきている。

 

そこまで卑屈になることではないが、ゲーセンでの格闘ゲームの対戦で勝ってきたのは俺の自信の根幹であった。それは勝って当たり前と思い込むほどであって、負けることが無かったわけではないが、負けをよく覚えて異様に固執して、練習の中にも意義を見出していた。そこまで拘る人が少ないから、そういう人はゲームをしない一般人、一般ピープルパンピーであり、勝つのは当たり前で勝っても喜ぶのでなく「アイツもパンピーだった」と貶めた。マトモな見識のある先輩などは「パンピーってなに?」俺「一般ピープル、普通の人ですよ」先「じゃあ、自分は何なん?一般人ではないというの?軍人か何か?」と冷たい口調で言われてその時は言葉がそれ以上出なかった。

 

だが、ゲームを全くしない仲間由紀恵にもテレビジャンケンで負ける時は負ける。それをそういうものと受け入れられないと、ゲームの操作の後ろがガードとかガードボタンがガードということを分かっていない人にコンボで勝っていても、もしひとたびどれがジャンケンのグーチョキパーに当たるのか悟られると、アッサリ負けるのかも知れない。

 

格闘ゲームはアニメのキャラが動いて、レバーとボタンで操作して、それが内部ロジックとどう繋がって関連性を持っているのか。そういうことを掘り下げて分かっているからゲームとして遊べるのである。

例えばゲーセンで遊んでいる人と話をしていると、ゲームのメモリに画像データが入っていて、それを座標系に展開してコマ送りで座標系と画像データを差し替えることで画面が動き、ゲームがゲーム足り得るルールの部分は外側からは完全にブラックボックスで、俺が持っているのは圧倒的な経験量から来るクローンの格闘ゲーム内部ロジックへの推量で、そこにプログラマとしての知識も手伝って、推量がおおよそ当たっているからレバーとボタンの操作に相手の操作が掛け合わされてもおおよそ予想通りに事が運ぶんだ。

 

それは相手の意志を読んだから勝ったというような心理戦以前に、ゲームの中で何が出来るのかに対する積み重なるトライアンドエラーからの既視体験があるから、どう来てもびっくりしないで対応できる。それくらいのこと。

 

ただ、もっとメタ的にバーチャなら打撃にはガード、ガードには投げ、投げには打撃という不文律を誰もが知っていると、勝負は運によるところも出てくるし、ストIIはジャンプが中段で足払いが下段とバーチャ的に解説する人は分かっていなくて、波動拳と飛び込みと対空昇竜のジャンケンであることが分かっていると、波動コマンドとしゃがみアッパーと飛び蹴り大足くらいでも、足払い波動やアッパー昇竜を体得しているものと充分にいい勝負になる。

 

勝つためにはパンピーに何も教えないほうが得策で、優越感に浸れるかも知れない。だが、宣伝広告して参加者を増やしてそれを狩るという狡猾な手段ではなく、自分の中の慢心と偽善からブログを読む読者に指導をしてみたいという思いを持ったこともある。

 

まあ、読み物としての面白さを維持するためにオトクな情報を安売りしてしまっているのかも知れない。何がお得かと言うと、格闘ゲームは100円玉の払い合いだから、勝ったほうが払う額が少なくて済む。損が減るだけで、決して儲かるわけではない。だが、カモられているものからすると損が減るのは有益になる。

 

もともと、俺は自分が100円払ってゲームで勝ちたいだけなので、相手の100円を取ることは目的でなく、店が儲かって俺が悪者にされるサンマのメカニズムにハメられているのである。だから、純粋にゲームをしたいだけの人と情報交換して安価に楽しみ合うことは俺にとって得である。負けるのが嫌なのは、以前はプライドで掛け値なしだったが、最近ではお金の問題に置き換えられている。

 

今日はマヴカプ2のセンチネルのコンボ動画をニコニコ動画で見ていると、コンボの後にガード崩しの小技集が繋がれていた。俺はそれに大いな矛盾を感じていた。その動画を作っている人も、ひとり用の技であるコンボ動画を取りながら、多分そんなには対戦しないで、どこかにいる強い対戦相手を夢見て、その人がちゃんと自分と渡り合ってくれることを夢に見ながらひとりで研究しているのだろうなと思ったからだ。

 

俺もそういう時期があったが、それならコンピュータ戦を上手く撮影して熱い戦いに見えるように立ち回って動画化すれば良いのではとも考えて、試して、ミニマムに楽しんでいる。いやその楽しみはゲーム会社総動員で作ったゲームなんだからミニマムではなくマキシマムだろと思わなくもない。

 

ここ数年の格闘ゲームのひとり用を習慣化してなし得たことは大会優勝ではなく貯金。勝てるならゲーム代は100円で済むわけで、1日100円年間3万6500円。対して優勝賞金は大会にもよるが最高で2万ドルくらい。カプエス2が発売されてから20年。貯金で出来るのは70万円。それと2万ドルの予選に参加し続ける費用対効果を比べて、どうかなと思っている。

 

それよりもっとためになる新習慣を生活ルーティンに組み込めないかと。そのうちのひとつがギターの演奏で、バンドで1発当てるよりはゲームでの小さな1発のほうが俺としては当てやすいのかも知れないとは思ってる。

 

キーボードを打つと力が抜けるので肩こりは幾分マシになった。