カーメンは観客の声援に操られるマリオネットのような存在

芝居を打っているという感覚はなかった。

ただ、井上に褒められたい。井上に褒められると観客も応援してくれる。

 

それは果たして俺なのだろうか。

 

'93年の国技館で大ブーイングの中でリュウを相手にダルシムの折檻ハメを緩めて、

中足払いキャンセルヨガファイヤーを打つと竜巻旋風脚で返された。

「そりゃそうだな」と思いながらもシーンとしている観客を何とか盛り上げられないか。

そんな時に俺はヨガストライクバッカーズのヨガスナイパーを狙ってみた。

ヨガスナイパーはガイルがソニックブームを打つ瞬間に逃げチャンプ大パンチすると、ガイルの頭をダルシムの伸びた手で撃ち抜いてソニックブームもかわすといういわゆる魅せ技だ。

だが、勝つための定跡としてはスライディングで良い。ゲーム的な勝ち負けの意味でなく、プロレス的な大道芸かもしれない。だが、プロレス技と違って十字キーを左上に入れすぐRボタンを押すだけである。やってみた。

だが、スーファミ版のストIIターボでリュウ波動拳をスナイプすることは出来なかった。

空振って伸びた手がリュウの頭上をかすめてから、フラフラとダルシムは空中を漂う。

また会場はシーンとした。

俺はリュウ竜巻旋風脚を読めたタイミングがあるが、返し方を考えていた。

当時の俺が思う正しい返しはしゃがみでやり過ごしながら、竜巻の回転を見て足が自キャラと反対を向く瞬間に中パンチだった。あるいは逃げジャンプ大パンチだがこれには距離がいる。

中パンチの練習が本番前に不十分だったこともあり、俺は吉川のいるところで相談していた。

吉川は言う。

竜巻旋風脚は立ちガードで手前に落として投げ返しやろ」

俺は返す

「投げは入らんやろ!竜巻は降り際無敵で五分のはずや」

「そんなもん知らんわ」

それを思い出しながら、俺は吉川案で竜巻を立ちガードして投げ返しに行くことにした。

竜巻旋風脚!ガッガッガ!」

ボタンを押す!

昇竜拳!」

やっぱりそうなるよな、と。

昇竜拳のあと、ダウンに相手はジャンプ大キックからの投げハメに来た。

投げ返しは入力するものの投げられる。

会場は静まり返った。

俺が折檻を決めた時は大ブーイングなのに、リュウが投げるとお通夜みたいだった。

何度か投げられた時には茫然自失だった。

何のために東京まで来たんだろうと親に申し訳なくなり、国技館を出て脇の電話ボックスから家に電話をした。

「負けたよ」

「そうか、あんたの甲子園は終わったんやな、お疲れ様」

 

あの時に全ては終わっていたのかも知れない。

 

昨日はSNKの開発者座談会の記事を読んでいた。

餓狼伝説龍虎の拳サムライスピリッツKOF

それぞれにスタッフがいて、思いをぶつけて仕事をしている。

プロとしての心構え、怖い先輩、短い納期

 

ふとアメリカの大会から帰ってきた時に友人が言ったことを思い出す

「観客が沸いてんのってさ、プロゲーマーじゃなくザンギエフとかのキャラにやろ?」

それを言っちゃぁおしまいだと思うが、正論だ。みんな画面を見ているのだから。

 

ゲーム大会も、ミュージシャンの東京ドームライブだって、集団的幻想なんだろう

みんなが見たいものがステージの中央になるように外堀から決まってゆく。

劇場というものは役者が台本通りに演技するもので、スポーツは対して真剣勝負だから筋書きのない面白さがあるという。

それは本当だろうか。

俺は毎年高校野球を見るが、一緒にゲーセンで遊んでいた同級生に「見ないの?」というと

「野球なんてプロがやってもおもんないのに素人の高校生がやっておもろいわけないやろ」

冗談だとは思うが、その時に言うべきことではないと思った俺はこう返した

「確かにプロ野球は面白くないかもしれん。けど、高校の時こそガチだから面白んじゃない?」

なんだったんだろうな。全部、ひとつひとつ。

 

俺が負けたあといちどお通夜みたいになった会場は次々の試合と伊集院光の必死の実況で少しずつあたためられ、決勝の頃にはまたみな夢中になっていた。

刻々と時間は過ぎてゆく。今も部屋の時計の秒針が進む音が聞こえる。

あの頃は生きる意味なんて大風呂敷を広げて悩むことなど無かった。

ただ、夢中だったろう。

 

そうして、振り返ってから気づくんだ。

自分なんてものは部屋でひとりの時にしか考えられない概念なんだ。

人がいると、人との関係性をずっと考えて過ごす。

会場を盛り上げようなんて発想はステージの上で初めて感じたことだ。

 

自分がしたいことではなく、観客が求めることをすれば結果は譲られる。

それが一致している人は幸福なスターになれるだろう。

 

だけど、もしそれがズレていたら。

ズレたままステージに上るなんてことが果たしてあるのだろうか。

 

そんなことをぼんやりと考え始めた。


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