リアルバウト餓狼伝説でMASTER FIGHTERを達成!

リアルバウト餓狼伝説のテリーで称号をゲットだぜ!

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ビリーカーンで1ラウンド落としボブでいちどCランクのタイムオーバー勝ち。

ここ数年はほとんど家でコンピュータ戦の格闘ゲームを遊んでいるわけですが。

まあ、対戦とかストIIターボから餓狼スペシャルくらいがピークよな。

ゲーム企画の先輩に「格闘ゲームはコンピュータとひとりで遊ぶだけで充分」と言われ、対戦ロジックを組んだプログラマーと相手してくれる人間を比べて人間のほうが面白いと言っちゃうと職業プログラマーとして人の仕事をないがしろにしている気がして。

 

コロナウィルス新型肺炎でタレントの志村けんさんが無くなったことがテレビで流れてる。歴史に残る偉人と違って役者というのはその時代を生きた人の心に残るものだよな。日本史をすると江戸時代は平和だった300年としてノーイベントだけど、西洋史で面白いのは俺はルネッサンス期だと思っていて、それは味気のない教科書に芸術的な絵画が残っているから。そういう意味では江戸時代も浮世絵とか歌舞伎が発展してたんだってね。

ゲームのことをそれと比べてみると、歴史には残らないかもだけど、時代の人の心に残っているという意味で売上本数とかの数値で残らないゲーセンの1台としてのネオジオゲームは確かにオレの心を彩る華やかな記憶なんだよな。それをあらためて家庭用で味わうと、何もなかったような時期にも確かにゲームで楽しんでいた思い出が蘇る。

この時代からゲームはゲーセンと家ゲーで別ジャンルで発展したけど、ちょっと1回遊んでみたいゲームってのは実はその1回のためにとても体験が凝縮されている。ロープレの戦闘とか同じ柄を何度も見て同じ音楽を聞いて記憶が定着するんだよな。それ、ストII時代に繰り返しプレイして同じ画面同じ音楽を何度も味わって、同じ格闘ゲームとして消費してきた数々のネオジオゲームを1本ずつ深く味わうってのな。良いと思う。

まあ、ロープレもプレステ期においては戦闘のたびに敵グラフィックが変化するような作品も合って、それはそれで俺は批評するほどたくさん遊んだわけでなく、個々人で別々の体験だと思うから、ジャンルで比較は出来んけど、その時代の作品でしか味わえないものがあるのはどのハードでも同じかもね。新しいハードでも慣れた面白さを提供し続けるドラクエが反対にすごいという考え方もあるだろうし。

遊んでいて、楽しいなって純粋な気持ちは単に映像技術のものでなく。何なんだろうね。それを狙って作っていたプロが確実にいて、ちょっとプログラムが出来るからといって到達できない楽しさの秘密みたいなものを持ったクリエイターは存在するよね。だけど、ゲーム雑誌に顔写真のっけて威張ったりするじゃなく、仕事で語ってる。かっこいい。でも俺は目立ちたい。