市販のゲームを買うより俺の作ったゲーム買うほうが消費者は本当に幸せかと

2年フリーターしてから復学して在学中に資格を取った。ゲーム業界はみんながキツイって言うから先に資格とっておけばつぶしがきくだろう、みたいに思ってた。そんで大手ゲーム会社にことごとく不採用になってから、どうにかこうにかゲーム会社と呼ばれている、占いゲームなんかの趣味実用ソフトを作っているメディックス社でプログラマーとして働き出したんですよね。

先輩は上羽さんと照井さんがそれぞれプログラマーとグラフィッカーで学生時代はCG専攻だったけど3Dゲームでなく1枚絵を画面に出して対話形式で進むのでデザインの専門学校を出ている人でないとダメと言われて同じ時期に入社した桝谷君が絵を書いて、渋々プログラマーになったんだけど、上羽さんが詳しくて学校で覚えた以上にメディックスで覚えたことは大きかった。当時はこの会社では夢に描いたようなゲームは一生作れないと思って仕事覚えたら転職しようと思ったんだよね。

そんで風水のゲームが今まで占い形式だったのを社長がマイホームデザイナという当時流行った図面を入れたら作った家の中を3Dで体験できるというソフトにしようとなって、上羽さんが「ああいうのは大企業が何千万とかけて開発するものでウチでは無理です!」と言ったのが多分俺のココにいても無駄だなと思う気持ちに拍車をかけたけど、社長は社長なりに流石社長で分析していて、今思うとマイホームデザイナもそこまで大きな開発会社の制作ではないんだろうなと今からなら分かるの。社長に「2ヶ月やるから出来るだけやってみろ」と言われてどうにか家の見取り図が出来る平面CADみたいな風水ゲームを作ったのね。3ヶ月かかったけど。

そんで、学生時代に使い果たした貯金がまた出来て、親が自営業なので将来をそこまで真剣に考えていないから、ゲーム作るという夢を追えて大阪市中央区のユニオンシステムの作品選考に受かって入ったの。今から冷静に考えると、ユニオンシステムは大企業だけど開発部は少人数で営業販売や電話サポートなどの会社業務をしている人が大多数。ではメディックスと何が根本的に違うかと言うと、リソースの引き継ぎなんだよな。ファミコンの時は誰しもが同じゲームでちょっと絵や音楽が違うだけのものが大量に作られていて、元ネタをひとつ作ればあとはラクな商売という風に考えている人は多かった。

けど、大きくなっている会社は製品として出している仕事以上に将来スペックが上がったら動くようになるソフトを目指して開発投資しているんだよね。実際に売り物として表出する以上の試作品を水面下で作って、そのために人を雇っている。そして大人数で並列作業で大きなものを作るのでなく、売るためのリリースを定期的に行って営業部門が利益確保をして、その間にも内部設計をどんどん拡張して作り足している。

そのため、ソフトウェアに専念して研究開発したいならユニオンシステムはいい職場だったけど、建築に業種が固定されるので、ゲーム会社を目指していた俺は「俺よりすごいプログラマーに会いに行く」みたいに外に向かったの。それから転勤を繰り返すんだけど、後から知ったのそれ幹部の育て方と全く同じらしいんだよね。若いうちに自社の各業務を全て経験させるという。本を買ってゲームプログラマーになりたいと勉強を続けて名刺を配ってを繰り返す俺にセガから「ゲームプログラマーになる前に覚えておきたい技術」という「そこまで書くか?」というおあつらえ向きの本が出版されて、ネット上でも「これを買え!」という感じで連絡が入ってきて、読んだら自分がバラバラに知っている半分くらいの知識が整理されてゲームプログラムを自分で組めるようになったのね。本書をマスターしたらあとはグラフィックにお金を貢いで描いてもらうこと、みたいなことも書かれていた。

それで個人制作で作ったゲームを武器にさらなる転職活動をして、プリントシール機のメーカーでゲーム開発してるらしいから行ってごらんと紹介を受けて、メディックス社の3倍くらいの規模の会社で仕事をして、そこでファイナルファンタジーが好きだったという話をしたら、魔法のようにスクウェア・エニックスからファイナルファンタジーの制作を受注している別会社の別部門にポンと入れてもらえたのね。

しかし、同じファイナルファンタジーでも憧れの3DのファイナルファンタジーXIIみたいのではなく昔のゲームボーイアドバンスのドット絵のファイナルファンタジーをケータイに移植するという仕事で「これが丁寧に出来ないともっと上位は無理」と言われて、そのあたりでいわゆるゲーム業界の定年と言われる35歳を過ぎちゃった。俺、スクエニの仕事したのに堀井雄二にも鳥山明にもすぎやまこういちにも坂口博信にも天野喜孝にも植松伸夫にも会ってないんだけど!音楽なんてmp3がどこからかメールで送られてくるだけですよ!

と思っていたら、じゃあチュンソフト行ってみる?と中村光一不在の場所も秘密の事業所の応接室に入れてもらって「これからはゲーム本体でなく開発ツールの専属開発なら仕事があるよ。次のリリース予定はアドベンチャーゲームだからそのシナリオを発売前に読めるよ」と誘われたけど「アドベンチャーゲーム好きじゃないです。つまらなそうです」と言うと「面白いのに」という話で「もしこれからもっとこの業界で仕事をするなら、基本的なことをもっと勉強したほうが良い」とも言われた。その時はまだ意味がわからず「そうですか、充分に基本はやったつもりですけど」「いや、もっと」と。

そんで、ゲームも自分で開発したものより海外とか国内でも大手でもっと遊べるものがあるから、その開発部に中途採用で入り込みたいけどどこか無理を感じてた。スクエニでもゲーム開発に先駆けての研究開発となると世界をまたいで数人の部署だし、大体の人が短い期間で退職して入れ替わっている。そして遊んだら素直に映像や技術に感動する。俺が自分で作れるものより面白いと思うし、だから自分がゲームプログラマーになっても働いて出来たものと他社の製品を比べて自分のが面白いもの作れるというような自信が以前は勘違いでもそう思えた時があったけど、今は全然それがない。

さらに、復職するなら武器が必要だろうとゲームとはあんま関係ない通産省の資格を経産省になって名称変更された上位のものに更新しようと勉強を始めたら、勉強が難しくて頭が痛くなって休憩にゲームしようかと思うと「ゲームってこんなに面白いものだったんだ!」と思ったけど、その面白いという感じ方と本当に体験として感動を得る面白さは違うだろって思い始めてる。

ゲームプログラマになる前に覚えておきたい技術

ゲームプログラマになる前に覚えておきたい技術

  • 作者:平山 尚
  • 発売日: 2008/11/14
  • メディア: 単行本