今日のカプエス2(庵・ガイル・サガット2020/05/29)

またPS2カプエス2を遊ぶ。

メインキャラというのはストIIダルシムの時はそう思い込んでいたが、地元では楽勝の相手にキャラを変えることで手加減しなくても不慣れな分また全力を注げるからそうして遊んだ。

対戦を重ねるうちに、色々使ったキャラの中でサガットで勝ちすぎた。地元では強キャラに遠慮があるが、井上に誘われて大阪梅田モンテカルロで対戦をしていて、友達同士でキャラを決めて持ち回りを変えて遊ぶのでなく、モンテカルロではキャラが強いと思ったら速攻でかぶせて相手の真似をして干すような人が多い。恐らく、勝つためというよりは、店のサクラで50円を取れない相手を干すことで嫌がらせて帰らせてまた50円を別のやつから取るための方法なのだと今からでは思うのだが、俺はその時カプエス2で全国大会に優勝するのを目標として、そのためには強いプレイヤーと戦って経験を積む必要があると考え、千円札を両替して50円玉を大量に作り、戦いに臨んだ。

50円玉を大量に作ったが、そこまで負けなかった。「アイツ金持ってんのに強いしどうやったらあのカネ取れるんでしょうね」と聞こえるように台の向こうで話していたが、褒め言葉だと思っておいた。多くのゲーム仲間はゲームをやめてパチスロが面白いと言い出した。ちょうどパチスロ北斗の拳やパチンコエヴァンゲリオンという4号機の伝説の時代である。俺はその時にはパチスロなんてと1回も打たなかった。

そうして残ったのは好きなキャラ2キャラで遊んで最後にサガット同キャラばかりする人たちとのサガット同キャラ対戦だけだった。俺は全国大会の予選を抜け、本戦2回戦でサガット同キャラで負けてしまった。ベスト8の全員にサガットが入っていて、違うキャラは敗者復活のくじ引きで選ばれた2人だけだった。

今ではオリコンのAベガのほうが強いキャラだと認めているが、サガットの同キャラを制することが出来なった原因は3キャラのチーム戦で先鋒中堅だけで勝ってしまうことが多く、必然的に他の人のほうがサガットを何度も使ったことにあるんだと考えている。

 

また、それとは別に平行進行でカプエス2の発売すぐは地元奈良の西大寺キャノンショットで遊んでいた。Pの草薙京を使い、相手がサガットで飛び込んでタイガーアッパーカットを3段ブロッキングして着地に中パンチキャンセル荒咬み3段を決めると「スゲー!」の声と「このゲーム極めたら絶対Pグル最強やって!」「ミヤザワさんでしょ?」「ミヤザワがこんなに上手いわけないって!」などの声が聴こえてきた。

「ミヤザワがこんなに上手いわけないって!」の声の主は俺が高校の時に大学生を語ってゲーセンにゲームをしに来ていた「辻」という男である。昔に少し精神的優位に立っただけでその人にずっと精神優位に立っていると思ったままの古い付き合いを断つことが俺の課題である。

 

このように、俺の精神世界はカプエス2を取り巻く世界で下剋上を果たしたら、それまで自分より上のものが「認めてやっている」だったものが「客観的に瞭然である」となるのを防ぐために様々の嫉妬からの嫌がらせを受けて病んでいったのである。

 

そうして、いつからかそれを打破するにはもっと突き抜けなければならないとゲームにもっと打ち込む自分がいた。その背景にはゲームの腕で人間関係の序列を決めるというおかしな自分ルールがあるからだ。そのルールに従うと、自分は自分の世界ではイチバンだったが、世界を広げるとまた上がいて、打ち倒すことに注力するだけで他の思考をシャットアウトできる。

そして自分が他人に勝ちを誇る以上は負けた時は序列で下になることを甘んじて受け入れることもまた自分ルールであった。世の中は自由平等だが、教育で習う敬語の使い方は武家屋敷の封建時代のルールが名残として残っており、目上の者には敬語を使う。この敬語の対象として選ぶのが、ストリートファイター系の格闘ゲームに強い人だったのだ。

恐らく、この自分ルールが他人に理解されておらず「前まで敬語やったのに不思議やな」とか、年下でゲームの上手い子供には「ゲームで勝ったら威張って良いんやな」という風に挙動だけを見て取って類推された俺が俺が自分で思っている俺ではなく、他人から見た俺の人物像なのかもしれない。

 

今の俺のスタンスは自由平等なのに財力で雇用者と従業員の主従が出来て封建社会に巻き戻されるのはまっぴらごめんで、学問をする以上は自由であるのだから名残としてのマナー敬語が空気として分からない訳でもないが、学歴によって封建的社会構造が再構築されるのも筋としておかしく、平たくモノを言っても無礼だとはねつけるものではない。

 

これは俺の論であって、ポリシーやスタンスと言うほど態度に硬化させたものでもない。本当に尊敬していたら自然と敬語が出ることもあれば、商売で敬語を使うこともある。だが、見ず知らずの人にとりあえず敬語というのは、多くその性質を利用してならず者の年長者に年長であるということを理由に敬語を使うと、そのならず者の下っ端の一味であると看做される危険性もまたあるので、あえて不遜に振る舞うのである。これに失礼だと逆上するのは俺からすると筋違いなのである。

 

このへんの問題は難しいパズルであり、玉突きのようでもある。上にへつらい下に当たるというのは会社員の当たり前だと思っていたこともあるが、実際42歳で勤め続けたら中間管理職くらいの年齢になってみて、会社を外から見ると小さな世界の中の上下主従は外界に全く影響がないように思える。

 

それでも、カプエス2だけは自分ルールの名残がまだ残っていて、上達すべきか自分ルールの矛盾を解消するほうが良いのか、悩むこともある。みんなの意見も聞いてみたいので言ってみたい人はコメント欄にどうぞ。