人類が生き延びるためのロードマップを書き直そうかと

何のために生きているかまた疑問に思い始めた。

昨日までの俺は太陽が燃え尽きたり地球が冷え切ったり宇宙が消失するなどして人類も生命もいつかは滅ぶということをどこかで信じていた。もちろん、それでも腹が減ったら飯は食うし、当面生きていく気はある。ただ、サラリーマン時代に女性に仕事を聞かれてコンピュータの専門用語などで説明をしてもその時に知り合えた誰にも話が通じず、いつからか太陽系がいつか滅ぶとは知らずに脳天気に生きている多くの人類を救えるかどうかもわからない科学発展のために自分の人生を犠牲にできるのかと言うような庶民の奴隷としての科学者像みたいのが出来ていた。ガリレオは処刑されたしエジソンも生前は不遇だった話とかの影響はあるだろう。

しかし俺の心はどこかでバックトゥーザフューチャー3でドクが幸福を掴むありふれた幸福像に癒やされている。俺は科学的証明というのは嘘だと思っていて、数学的証明は分かるけど物理に数式をはめて論証するのも数式と現象の一致を認めているのは学者の自意識なので数学が分からない人からしたら難しい数式で騙された気分になるし、科学の方法を知っているとそれが騙された気分になっているのでなく本当の騙しであることが分かるのだ。

そういうことから考え直すと、宇宙がいつか滅ぶというのは想像の産物だし、太陽が燃え尽きると言っても歴史的な天体観測の積み重ねで恒星の消失や爆発が確認され、太陽もまた恒星の一種なので同じようにいつか消失するか爆発するだろうと考えられるというところ止まり。絶対にいつ爆発すると証明したとか言うのなら、もういちど天文の専門家でなく誰もが認められる方法で再確認するべきだ。

あと、これも以前の俺の想像だが太陽が滅ぶ前に宇宙船を作れたとして、それに乗れるのはごく一部の人間で発明者が乗れるとは限らず出発時には誰が乗組員に成れるかを巡って紛争が起きるのではと考えていたが、青色ダイオードの発明から有機ELモニタの普及、コンピュータの発展やスマートフォンの普及を見ていると、そういう技術革新が本当に実現する頃には独占的な開発でなく世界的な共有が起こって車やドローンくらい宇宙船がありふれたものになるという社会の変化が起こっているという可能性を考え出した。どんな技術かは知らんが。

そうすると、ひとまずそういう未来を信じたら自分の代で自分を終えることでなくありふれてるけど遺伝子を残すために合法的な手段として結婚するのが現代人としてのすべきこと、落とし所なのだろうなと思い始めた。仕事もプログラムばっかりでなく科学全般にもっと興味を持って、現世の楽より未来に向かった何かが出来ないかと前向きになってきた。

その前には株式投資社債購入がどう違うとか、それと寄付や喜捨がどう違う、金持ちになって働かなくなったら社会が回らないのでシーソーゲームをシーソーにするために自らの富を捨てるようなバランシングアクトが必要ではないかと考えていたが、それよりは宇宙は滅ばないから子供を作って未来に向かって生きたいと思うと、今あるお金の使いみちももっとぜんぜん違うことのために蓄えておくほうが得策だ。

いつか話し相手のいない俺が病気でかかりつけ医の紹介で行ったお医者さんと何となくざっくばらんに話した時、先生も人類は地球や宇宙が滅ぶ前にウィルスで死滅するのが先じゃないかなと話していた。それがコロナウィルスが流行りだすと、病院フル稼働で市民の命を守ってくれている。そういうのも、俺の20代の頃に出来た「俺だけやらされてる感」を払拭してくれた。ただまあ、会社の中では俺だけひとりで残業してたわけだから労災認定とか何かこう、あの頃の仕事に対して会社からもっと取れなかったかみたいな悔いもあんだけど。