昨日は7月1日だったわけだが

月のはじめから何もしないで椅子でクルクル回って考え事をしていた。

あと日課のギターの稽古をいつもよりちょっとだけ丁寧に。

夏の暑さで冷たいものの飲み過ぎでやや下し気味だったのだが。

正露丸を家庭用常備薬として買っているのだがネットで悪い噂が。

現代では厳密には薬ではない乳酸菌の整腸が標準になりつつあるが。

なんとなく子供の頃に飲んだ正露丸が効き目抜群でおなかにはヤクルト。

この、自分の中でロゴとかパッケージを見ただけで安心できる商品が良い。

昭和後期の生まれです。

いちにちゆっくりしたおかげで体調はよく、しかし考え事はまとまらず、

なんというか、高齢化社会なので人気の本をランキングで買うと「日の名残り」とかめっちゃ人生の終わりの方でジワっと来るような本がおすすめされているが。だからといって「火花」とか「スクラップアンドビルド」とかを読んだ時には書店のバイトの女の子からミーハー野郎だと思われるわそんなに面白くはないわだが、まあ若い作家の書いたものが面白くないのはそれ相応に安心感もあって。

かといって机でモノの下敷きになっているチャート式の微積分の問題は春くらいにはやる気を出していたけどいつの間にかやらなくなっていて。「魍魎の匣」と「アクロイド殺し」も積んだまま。もっと小中高で推薦図書となるようなやさしい本をいまさらに読もうかなとも少し思ったりしたが、そういえば叔母さんは俺がビジネス本とか技術書とか小難しい本のたぐいを、いやビジネス本はサラリーマン向けのやさしい本なのではあるけど、そういうのを読む俺を見て童話のような物語を老後に図書館で借りて読んでいて「キョウスケくん、本ってそういうものなのよ」と言っていたのも思い出す。

俺は小さい頃に親父が乱暴で大人びたことを言うと「生意気だ!」と殴られたので、パパやママの前ではいつまでも子供言葉を使って、中学に受かっってから全く家で口を利かなくなり、叔母さんは俺のことを小さい頃のイメージで白痴か何かと思ったまま老けてしまった。たまに土産を持って家に来るのだが、俺を見かけて土産を渡すと「キョウスケくん、お父さんいる?」と聴くだけで話はしない。だが、唯一した話といえば図書館の帰りに「おばちゃん、なんでそんな本読んでいるの?」と俺はその時にその本は叔母さんの歳で読むには易しすぎると思ったのだが、叔母さんは優しい声で「キョウスケくん、本ってそういうものなのよ」と教えてくれたので、そのまま黙っておいて、ずっと心に引っかかっているのである。

もうひとつ、叔母さんは家の物置にあるボロボロになったドラクエIIIの攻略本を見て母親に「キョウスケくんにはこんなに読んだ本があるねん」と話していたが、実は俺の部屋から弟の部屋に続く階段に積まれていた本は全部俺の本だったのだが、弟が中学くらいの時に本屋で俺が古本屋で集めたアルスラーン戦記の新刊を買ってきて両親には「お兄ちゃんへのプレゼント」と言ったが、対外的には俺が階段に本を積んでいるので、新刊を買ってくればそれが自分で読んだことになるというようなコナントリックを使ったのだろうな。

世の中には色々の賢さがあると思う。俺は叔母さんや弟のずる賢さと、家の中で一番賢いことになっている親父は姉から馬鹿にされて利用されていることなども分かるのだ。母親も俺が小さい頃は親父に従っていたが、俺が就職して独り暮らしを始めた時に家の金を持って蒸発して、親しい人に息子と一緒に住むと話してから浮気相手と同棲を始めたようだ。

道徳的にはすべて許されることではないので俺はいちどは義憤に燃えたが、手の施しようがなく、結局は実家である今の住処に帰ってから、嫌いだった親父と徹底的に付き合うことにした。人間関係の玉突き的にはいちばん損を被っている親父ではあるが、だからいちばん信用しているのだ。

くだらないことを書いてしまった。母親も姉も弟も叔母も存命であるし、俺は実名ブログである。近所では俺の評判はもちろん最悪なのであるが、家族のみんながやってくれたことが分かると、不評の理由も分かるので、それならそれで戦い方がある。

宇宙に思いを馳せている場合では無いが、そうは言っても当面引き篭もるくらいしか過ごし方を思いつかない。壊れきった人間関係の中で信用できる人を探すのが一番難しいのだ。