PRICELESS〜あるわけねぇだろ、んなもん〜再放送2話視聴

ドラマの再放送をテレビで見ていると時々不思議な感覚になる。

まあ、テレビや映画は多くの人が観るので広く共感を得るように出来ているとは思うが、俺はこのドラマを本放送の時は自分の物語と若干被るように、キムタクが主人公なら何でもそう思うというわけでもなく、念願叶ってゲーム会社に就職した時にガチで金欠になっていて皆周りの人がペットボトルや缶コーヒーを飲むのに最初のひと月から給料もらえるまで高校の時に親に買ってもらった魔法瓶の水筒を持って出勤して不思議な目で見られたことがある。そこへ来てミラクル魔法瓶のドラマが後を追うように始まったのが奇遇だった。

テレビにも何か狙いがあるのだろうが、キャストのキムタクと藤木直人がちょっと背格好と髪型で似ているところがあり、それが30代くらいの普通で視聴者もどちらに感情移入しても見れる作りになっているというか、本放送のときには確かにキムタクに感情移入していたけど、ともするとスーツを来て会社に努めているだけでは藤木直人に見えてもおかしくないというか。

リッチマンプアウーマンの時も小栗旬に成りきって見ていたのが、人からすると井浦新扮する朝比奈恒介に見て取る人もいるだろうし、近所に出来た散髪屋に行くと長髪をバッサリ切られて別キャラにされたり、だから最近ではもう髪型は自分でハサミを持って整えるんだけど、そうすると必然的に長髪をキープできるんだけど、キムタクがちょいマックでリーゼントになってみたり、ドラマでキムタクと藤木直人って髪型や背格好ではあまり変わらないよなと思ってみたりするようになったのだ。

冷静に見ると物語と俺の人生は全然違うというか、むしろ無関係に思えるほどだけど、セットと配役で切り取ったワンシーンずつに「これ俺やん」と思うシーンがあるのは誰の仕事なのか昔から不思議だ。

101回目のプロポーズロングバケーションの頃は先ずドラマがあってドラマみたいな恋したいという風に今で言う韓流ドラマの聖地巡礼みたいにドラマの登場人物に自分自身を似せるのが流行になったけど、あるときから自分がもともと流行に乗っていて、ドラマの方からかぶってくる体験をして、しかし時が過ぎて再放送くらいになると現実がすっかり塗り替わっていて順序が曖昧になる。後先がどこかでねじれてくる。

つまり以前は先ずドラマが有り真似て成りきったわけだが、いちどドラマのモデルにテレビ局から狙われると実話の後にドラマがほぼ同時進行で事象を追いかけ、放送されると真似る人が現れ、当事者が気づこうが気付くまいが服装や髪型を変えると魔法は消え、真似た人がそのままの格好でいるとその人に魔法が降りかかる。

まあでも、今どきの若い人ってテレビドラマとかどれくらい見るんだろうね。ケータイでやり取りして、部屋にテレビ無いってこともあるんだろうな。

まあ、今日思ったこととしてはプライスレスの藤木直人対キムタクは、ひとりの社長像を描いていて、どういう人の下で働きたいかというのを2キャラの人物比較で描いていて、ドラマティックに両者が対決するけど、実際に多くの視聴者は社長の内面的な対立を二人のモデルの対比を見ながら考えさせられているとでも言うか。それが昨今の転職ブームに先立ってあるわけで。

それで今、俺は魔法瓶は使って無くて、コーラ1本飲むのもドラッグストアまで歩くのが暑いから自販機で買うという生活をしていて、お金があるときない時で行動は変化するし、行動が変化してから再放送のドラマを見ると、ああ、ビデオは変わらないけど俺が変わってしまったんだなと藤木直人のほうに若干の感情移入をするんだよな。