カプエス2に自分を追い込み過ぎではないかと思えてきた

ゲームそれ自体をする時間は意識的に減らしたが、ゲームのことを考えている時間は長い。

ゲーム理論で考えて、格闘ゲームは意思同時決定ゲームであるから運が絡むは持論である。

それでも「腕信者」からの反発は受けるし、言葉にするのは「甘え」という圧を感じる。

 

特に中学高校時代に通ったキューピー堂のおばちゃんなんかは近頃ではもう見ないのだが、ある日俺が「どんなにやっても運だよ」とこぼしたときに檄を飛ばし「あの子の頑張りはそんなもんじゃないねん、みんなに見せてやりたい」と言った。キューピー堂はキューピー堂として相変わらずあるのだが、周囲のテナントは入れ替わっており、その人々は俺が中学くらいからキューピー堂に毎日通ってゲームに打ち込んでいたことは知らない。

対して俺が高校を出てから東京に行って見てきた土産話のウメハラ氏は昔は誰も耳を傾けない伝説のような話だったのであるが、これが現在ではメディアで有名になり市民権を得ている。そうすると頑張ってプロになった子がいるのにうだつの上がらない甘えん坊がとなる。

 

ゲーム依存を疑ってみると、理性を司る前頭葉より本能的な側頭部がゲームに刺激されるという。そういう意味ではゲームに負けてもキャラ差のせいにしたりハメ技を反則扱いして自分たちのルールを作ったり、対話やルールで好きなように結果をいじろうとするほうが理性的なはずなんだ。それが俺たちゲーマーは安易に言葉に逃げずにゲームのことはゲームで決着すべきと自分たちを追い込んできた。

結果として、モノも言わずに黙ってゲームに打ち込むものをマイクを持った実況が囲むようなゲーム大会の形式となり、実況がなければ待ち合いのシーンとしたお通夜のような展開になる。家でひとりで練習していると、毎日お通夜である。お通夜にトレモ。

 

スポーツの世界でも結果を出して一流になる人はいるが、結果が伸びずにトレーニングをひたすら増やしてつぶれてしまう人がいる。今では結構的なスポーツの世界にも向精神薬が必要な病気があるということが知られ始めているが、ゲーム依存というのも何故のめり込むかと言うと、スポーツでは練習と競技や発表は切り離して考えられるけど、ゲームの世界はそのまま勝負の土俵で練習も競技も称賛も落伍も渾然一体となって画面や音声で存在して、その中で起こるものの内の何に自分が満たされるかなどが分からず、ただ全体像としてゲームソフトをすることでしか自分の満たし方が分からなくなってしまうような状態ではないか。

 

負けて腹が立って怒ってまたやるのか、勝たされて気分が良くなっているのかの線引も難しい。特に俺のしているカプエス2は最初は敵が弱く、スコアが伸びると強いボスキャラが出現してそこで負かせて100円取るというゲーム機が家でできるプレステに移植されたものだ。

発売されて最初の頃はこの強いボスを倒すのに何度もリトライして、やっと倒した時には俺はこのゲームを「つまらない」と言った。

しかしその時に周りを囲んでいたのが現在ではプロゲーマーになっているような人々で「むしろやり応えがあって面白い」という人のほうが多く「つまらない」という俺は仲間はずれにされていた。

その頃には俺は会社の仕事があったので、ただ意見が何故合わないのか少し疑問を感じる程度だったけど、仕事を辞めてゲームをいくらでもできる環境になれば自分も勝てるとなる前は思っていた。

それが実際に病気になってから日がな一日ゲームし放題となると、カプエス2など好んでは遊ばないようになった。そうしてふしだらに過ごすうちに、何とか自分を律してカプエス2に打ち込む習慣を作り、このゲームを楽しいと思えるように無理をして続けてきた結果が今だ。

ただ、辛くなってやめてしまいたいと思いながらも、これだけ打ち込んだのにステージに上って称賛されたり祝福されたりというゴールが無いままひとり首をくくるように打ち負かされて辞めていくのかと思うと、自分の人生が何だったのかという思いになってくる。

 

ほどよく遊ぼうと思うとボスキャラに負けることになる。力を抜いてもボスキャラに勝てるという境地が理想だが、なかなかにそれは大変だ。そして勝つためにそれ相応の努力や工夫をしていても、多くの人はコンピュータゲームというのは人を勝たせて気持ちよくさせる娯楽のようなものであると捉えていて、努力しているなどということは認められにくい。

それに打ち勝つにはゲームの中での出来事についての努力でなく、前頭前野を活性化させて人と対話して認識のズレや互いの誤解を解いていく対人関係の改善が必要なんだと思う。ウメハラ氏は昔に相談した時「もっと本を読んだほうが良いよ」と言った。本人も自著を出版していて、皮肉か嫌味か冗談かは分からないが、そのときはそれは本心ではないと思った。

けど、よく考えるとゲームでの勝敗以外にそれを彩るメディアからのアクセスが有った時の応対のこころよさみたいなものが彼の人気を後押ししていると考えると、本心なのだろう。

 

ウメハラ伝説の中でもカプエス2は選ばれないつまらないゲームのひとつだ。ストZERO3ヴァンパイアハンターは面白いが、カプエス2はウメハラ氏もときど氏に取られたまま放っている。けれど、俺がやっていたときはカプエス2がつまらないという意見は通らなかった。それでこのゲームに対して自分を追い込んで辛さが増したのだ。

俺は病気で通院しているが、最初の先生は待ち合いにファミ通を置いてくれた。そういう問題ではない。前の先生はストリートファイターIIという単語はギリギリ分かってくれたが、ゲーム中毒のようなものだと思われた。自分でも時間を決めてやっているし、なんかそれと近いものだろうけど、言いようも知れない違和感があった。

それがまあ、自分で良く考えて自分で治すしか無いと思うようになってくると、カプエス2は面白くないと思いながらも面白いという人の輪に囲まれ自分を押し殺して面白くなるまでやらなければならないという強迫観念が根っこにある。ゲーム会社としてもセールスのために面白いと言って欲しいだろうというのもある。

 

けどもう、俺自身がいっぱいいっぱいなんですよ。何でこんなゲーム面白いって言わなきゃダメなのって思ってます。