今日のカプエス2(Cケン・ロレント・ギースでクリア)

久々にゲーセンに行きたくなったがミヤネ屋ではコロナのニュース。

昼飯のマクドナルドのビッグマックとポテトとコーラがこなれたところ。

19歳の頃はゲーセンで対戦をしたくて

「どうやったら入ってもらえるか」

ばっかり考えていた。

流行っている時はゲーセンに行くと人がいるのが当たり前で

「とにかく勝てば100円でずっと遊べる」

と勝つことばかり考えていた。

しかし22歳になって就職してから、給料というのが学生とかバイトと比べて恐ろしく高い額で、金銭感覚がゲーセン中心の子供のまま

「もう何回でもゲームが出来る!」

と思って人の集まる大阪で際限なく毎晩閉店までゲームをしていた。

ゲームで遊ぶのは好きだ。

ゲームだから、それに人生を賭けるとかでなくサブキャラ対戦とか大好きだ。

知らない街のゲーセンにふらっと入って誰でもなく賑わっている台に入り

「あの人誰だろう」

と思われるくらい渋いプレイで見せるのが好きだ。

そのためのネタとして、方々のゲーセンを巡って人の使わないキャラをコソ練していた。

そうして貯めたネタを、ふらっと入ったゲーセンでひとりの相手に惜しげもなく使う。

それでトリコにしてしまえる感覚が好きだった。

それはコンピュータ戦では得難い感覚ではあるが、客観性はない。

相手が俺のことを「どう思ったか」は完全に俺の主観だからだ。

びっくりされたりはした。

 

今でも俺にとってはYouTubeでギターの弾き語りを披露するより格闘ゲームのほうが気持ちいいことなんだ。誰に見せるでもなく家でプレステで遊んで恍惚とする。自慰行為とどれくらい違うか。街まで出て人の100円玉を取り上げてすることだから、一期一会で「あの人なんだろう」と思われるのが楽しいだけで「またミヤザワさんか」とか「ああカーメンさんか」みたいに慣れられるとそんなに面白くはない。

ただ、俺の19歳から20際の間というのは方々のゲーセンでふらふら遊んで難波近辺での「あの人誰だろう」を一身にかき集めて「あの人、カーメンって呼ばれてる」となったときの芸能人になったかのようなチヤホヤされる感覚。それは恐らく俺が街にゲーム代の100円玉と外食の代金をさんざ払った食い倒れの街の来客へのお接待みたいな夢だったのだろうな。

たぶんカプエス2の話ではないが、俺がなんでゲームにゲームの内容以上のこだわりがあるかを読み解く役には立つ話だと思って書いておく。