格闘ゲームもMTGも廃れて

僕の青春はストリートファイターの対戦に燃やしてしまったもので、
どうしてもストリートファイターを軸にした人間関係が中心にある。


学校の同級生や先輩後輩にしても部活よりもゲーセンだったもので、
ゲーセンに行く組の先輩後輩や同級生とよくつるんでいたし、
玩具屋から駄菓子屋ゲーセンになったキューピー堂の店主の息子と、
ちがう中学高校だけれどキューピー堂にたまっていた「ナンちゃん」、
通学路が同じ高専のゲーム好きの面々などが遊び仲間でした。


スト2のブームが終わるとキューピー堂に人は集まらなくなり、
もともと玩具屋だったキューピー堂にはMTGのブームが来ました。
MTGというのは遊戯王と言ったほうが分かりよいと思いますが、
マジック・ザ・ギャザリングと言うカードゲームのことです。


スト2の対戦相手が近所にいなくなったもので、
それでもスト2がしたい僕は相手をさがして大阪まで出ました。
そのころ大阪日本橋には10円ゲーセンのフェラーリというのが出来て、
これは基盤屋の宣伝のためのゲーセンの隣にゲーセンが新装開店して、
その店に客が流れないように赤字覚悟で1ゲーム10円に変更したと言う、
ゲーセン業界で(遊ぶがわでなく経営側から)大阪の恥と言われてました。
そのフェラーリにたまっていた中から新しいグループが出来てきて、
奈良の高校東大寺学園の同窓メンバと、はいはいタウンのマルゲ屋メンバ、
このへんがスト2に飽きてMTGをやろうというような格好になりました。


マルゲ屋のメンバーは早くからMTGをはじめていて、
ルールの理解や戦略に置いて他のグループから抜きん出ている所があり、
そこに混じって遊んでいるとすぐに強くなれたのですが、そのかわり、
近所でチンタラ始めた連中とは話が合わずに決裂してしまいました。
かたやトーナメントの優勝を狙った戦略の話をしているのに、
4、5人ほどの仲間内での勝ち負けに文句を垂れるのは不毛でした。


この部分は10年ほどまわりまわって、考えを改めました。
昔からの友達は大事にすべきです。
MTGはお金のかかるゲームなので、どうしても払える人が中心です。
ひと箱1200円買うだけで遊べる仲間もいるものですが、
トーナメントマジックのカード購買と言うと月3万でも足りないほど。
それにトーナメントマジックの勝者には実力社会の幻想を見ましたが、
同じくらいカードを買って同じ戦略をとってくる相手と競り合った時、
どうしても運の勝負になっているように思えて、興ざめしてしまいました。


興ざめの原因は他にもあって、店はどうしても上客を大切にします。
ゲームの戦略性よりもお金を払う客に気持ちよく買ってもらってつなぎたい。
中高生でお小遣いをたくさんもらっている子供が店員にチヤホヤされて、
すごく偉そうで少ない小遣いで遊びに混じろうとしても機嫌取り係になる。
このへんの要素が店員の気をもむだけでなく、ゲームのルール自体が、
パックになかなか入っていないレアカードのさらに上を行く神話レアなど、
カードの購入に前のめりになっている人有利なシステムに変わりました。
組み合わせの工夫よりも絶対的な財力の勝負になってしまったんですよね。


そのへんの事情は格闘ゲームのほうにも波及していると感じています。
格闘ゲームなんて腕の差で決まるのではないかと思われるかも知れませんが、
カードシステムで勝率やインカムが割り出されてくると、
お金を出す人のキャラクターは強くするようなバランス調整になって、
たとえばスト4のサガットの攻撃力低下なんかは「えこひいき」もいいとこ。
とてもやりこんで上手を目指そうとは思えないような強引なやり方です。


そんなこんなで今はすっこもってゲームプログラムなどしています。
MTGの仲間の1人とモンハンをやろうという話になった事もあります。
だけど、ゲームの相手としてどうしても必要だったために繋がった仲で、
相手の必要ないコンピュータゲームの世界で仲良くやれるかと言うと、
なんか遊んでいるうちに、どんどん嫌になったというのが感想です。


たまには、昔の仲間で集まってスト2の対戦やMTGのドラフトをやりたい。
そうは言っても現実に集まって良い歳して昔と同じに楽しめるかと言うと、
そんなにホンワカした世界観でもなかろうと思いますし、
ドラクエ10ね、やりましたけど、差が少ない最初のひと月は楽しめました。
ネットゲーも相手がいてナンボの世界だと思います。
ひとり抜きん出て遊び相手がいなくなった世界でいったい何をするかって。
競っている人ってイチバンになった後で遊んでる人のマネをはじめるんよね。


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