また我が家にひとつの不安が忍び寄っている

ウチの隣に空き地があり、ヤクザのオッサンが持っていてリフォームをして窓をつけたら空き地をガレージにして看板を置いて、看板で窓を完全に塞いでしまった。20年以上前のことではあるが、それで俺の部屋は日光が入らず、うつの原因のひとつになっていた。看板は夜には蛍光灯でライトアップされ、昼暗いくせに夜はカーテンを閉めても明るくて眠りづらかった。これは裁判をして解決した。結局民事で何度かやりあっている間に看板は撤去され、日光が入って俺は部屋で過ごすことが増えた。

他にはすぐ近所にクリーニング屋があるのだが、そこは以前おもちゃ屋だった。ウチは爺さんの代が金持ちだったが親父は機械設計の仕事について家を出て、結婚してから実家に戻っている。その間に親父の姉である伯母が爺さんから土地を分けてもらって実家の近所に住み、伯父はサラリーマンだが住宅ローンがないためお小遣いが多く飲み歩きで家には帰ってこない。伯母はそれをよく愚痴っていたが、考えると並のサラリーマン家庭は住宅ローンに労働期間の半分くらいを捧げているので、家事費としては充分以上にあり、夕食を作るのが面倒で惣菜屋で買ったものを小鉢に移し替えて出すという呆れた贅沢っぷりだった。まあ、良いんだけどね。

それで従兄弟はおもちゃ屋で良く大きな玩具を買ってもらい、俺はそれが妬ましいことより、おもちゃ屋の店主の嫁さんつまりキューピー堂のおばちゃんが露骨に従兄弟には愛想がよく、小さいトミカミニ四駆しか買わないウチには追い払うように接することに不満を持っていた。

それからかれこれ30年、かくかくしかじかあるわけだが、俺も近頃ではトイザらスやアマゾンで玩具をいっぱい買って部屋で遊んでいて、3年ほど前から計画的に貯金をしてきた。ゲーセンには行かない、外食は控えるなどなどの節約というよりは当たり前の生活をしてきたわけだが、それでいつものように家で遊んでいると親父の携帯に電話がかかってきた。

隣の空き地のオーナーが死んで売りに出されている空き地にウチの屋根が飛び出ているので屋根を切るか土地を買うかしてほしいと。何度も揉めたオッサンが死んだことはどちらかというと安堵のため息が漏れるニュースであったから、今後から揉め事の無いようにと思ったら、土地を買うくらいはと思ったのだが。

その額、4坪ほどで俺の貯金と同額なのである。屋根を切るというのは家を長持ちさせるためには致命的なので、仕方ないがせっかく貯めたカネの使いみちとしては何とも虚しいものである。それはそれでいいが、空地になった土地を誰が買って何を建てるのかと考えると、まだ多少の不安はある。ただ、法律が変わっているので昔のように真横に看板を立てて窓を塞ぐというようなことはされないとの話である。

ずっと草の生えていた別の空き地は造り酒屋が来るらしいが、商店街には先から酒屋はある。ウチは文具屋で、西友の空きテナントにも文具屋が入ってきた。商店街に関しては保護のような考え方はなく、再開発に反対するなら同業で締め上げて追い出してしまおうという社会の圧力なのかもしれない。

憎いから敵対心を燃やしてやっつけようという話では恐らく無い。自分たちも同じ商売を近くで始めたら、もっと儲かるとかもっといい暮らしが出来ると考えて競争を仕掛けてくるのだろう。子供の頃には田舎町が嫌で都会に憧れていたが、いざ住んでみて慣れたこの街が発展する過程において自分たちが駆逐される格好になるというのは何とも皮肉な話ではある。