今日のカルドセプト(勝っているときの必要充分の見極め)

やっと四属性コンプリート。新デッキ「スナッチ」は5戦5勝。

初めて戦った時は「どうやって勝つんだ?」と思った2周目ロカで勝っているので充分。

何を悩んでいるかと言うと勝っている時に余裕で勝ちすぎていないかということ。

得意技としているケルピーハメ状態でケルピーのレベルを上げ、防具を構え、リンカネーションまで余らせている時。防御に特化したブックで序盤を勝てば守って勝てるから、勝っている状態を盤石にするためのカードばかり入れて序盤を運に頼ることになる。それなら終盤を勝ち切るに充分となる防具などのカード量を見極めて、序盤に勝つことや侵略での逆転も狙いやすいようにブックをもっと柔軟にできないかと試行錯誤してきた。

ブック作りはここが難しく、50枚ぴったりに収まったカードは枚数が多いと安定するが引きすぎる可能性も増える。繰って引く以上100%になるのは終盤だから、終盤型のほうが確率が収束して狙った通りになりやすいが、特定のカードに頼らなくとも勝てる可能性も持ち合わせるほうが理想に近い。

大得意の守り型から、若干の攻め要素を入れて柔軟になった分、終盤防御力は狙った通り下がっている。充分勝っているのだが、今までが盤石だった分だけ丁度の枚数で勝ち切ると少し緊張感が増した。

感想としては「もっと強くなる」見込みがある。ただ終盤に盤石であるだけでなく、攻めも守りももっと上手くやれそうだ。しかし、カードを入れ替える以上は狙った通りに変化するために入れ替えたカードの得意技を見落として何かは弱くなる。それを見落とさず、管理して論考でそうしたほうがより良いと裏付けるだけの根拠が無いと、いつまでもふらふら優柔不断な迷いが発生して、ハッキリとせず、悩み続けることとなる。

勝っている。ただそれだけでは「運が良かったのだ」に反論しづらい。ただし、確実で根拠のある反論をすると、その正しい理屈を相手にあげてしまうことになる。「勝った!」「運ゲーだろ?」「また勝って勝率を上げた」「それはめちゃ運がいいの」の水掛け論を続けながら、何故勝っているかは明かさないほうが勝ち続けるには良いのかもしれない。

君よ永遠の嘘をついてくれ。いつまでも種明かしをしないでくれ。そんな歌もある。

俺は「ゲーメスト」や「ゲームぎゃざ」を読んで育ったが、ライターは名人ではない。そして将棋なんかも本で読んだ限り、6段とか7段の人に弟子入りする話は出てくるが、名人に弟子入りするという話はあまり目にしたことはない。

負けている間は隠匿されている奥義を解き明かしたいと思うものだが、その理(ことわり)を手にするとなると「秘するが花」という言葉もあることに気づく。

持論としてはゲームそれそのものには腕の天井のようなものがあって、腕が近いことでその時その時の勝負は運否天賦になる者同士でぶつけ合うと、勝者と敗者に分かれる。負けている方は原因があると考えて研究を続けるが、勝っている方には自覚はなく、既に敗者が手にしている理で充分に人事は尽くしていると考えるのが妥当であるということ。

コレが俺の理屈。ただし、もっと頑張っている人に対する配慮として人事を尽くしたという言葉だけは取り下げる用意はある。ゲーム外のこともあるだろうとも思うし。