「工場」という言葉に語弊があるんだよな

俺は簡単に言うとソフトハウスからシャープの奈良工場に転勤している。

この「工場」という言葉が厄介者で「工場で働いている」というと大阪の町工場などガラス細工や金型工にプラスチックの成形などを想像する人もいるだろうし、シャープというと家電だから久宝寺白物家電などの組立工を想像する人もいるだろう。だが実際には奈良工場で何をしているかということは企業秘密なので開かせない。経営は本社機能なので奈良工場は俺の中での分類は「工場」なのだが、世間一般のイメージからするとスーツを着ての出社なので管理職に見えている。

実際には俺はシャープの従業員でなく、外郭のソフト会社の従業員でプログラマーとして働いている。大阪での実務経験があって、面接を何度も受けて、特別に入れてもらっているのだ。

なぜその職場かと言うと、体調を崩してから大阪までの片道1時間以上の通勤が辛く、家から近いのでソフトハウスでしていることを奈良工場で出来るなら会社を挟んで間接的にしている業務を工場でそのままやってもらえば仕事が回るからだ。

これは結果的には愚策であった。ソフトウェアの単価はその機密性で担保されている。どういう仕組み化分からないから専門家に頼んでそれで値段が付いているのだが、工場で作るとなると作り方を教えてしまうのと同じことなので、そのままバカな経営陣が機器類の値段を下げてしまって、ソフトウェアの値段がペタンコに安く値切られた分だけ憧れの高機能家電が量販店で簡単に買えるようになり、価格競争となりハードウェアの部門は量産に忙しく高機能が安くなったので旧来式の家電が売れなくなり、経営は悪化し、鴻海がシャープの株式を買い上げたという新聞やニュースは皆様もご存知かもしれない。

仕事をやめてから3年ほど経つが、また高機能家電や最新型ケータイの値段が元の水準に戻ってきて、安心している。ソフトウェアにより便利になった高機能電化製品は「あこがれの品」で無くてはならない。高い便利なものが売られているが、普通に使って問題のない量産品を買う。それによって量販店と工場は回っているのだ。

俺のあこがれはずっとゲームプログラマーだった。だが、それはファミコン時代のゲームプログラマーであり、PS4が2万円の時代のゲームプログラマーの仕事は煉獄である。PS5の新価格が5万円と聞いて、どんなに面白いのだろうかとワクワクしている。ワクワクしているが、発売されると動画化されて「こんなものか」と思う。その動画を見ているケータイやパソコンは高級機なら新型プレステの倍の価格なのである。

そこまで含めて、コンピュータというのは金持ちのオモチャであって良いのだ。

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