出たばかりのゲームというのは気が休まらない

久々に3DSエクストルーパーズを続きからプレイした。

色々と人生に悩んでいた。将来を考える時に現況把握をしなくてはならないが、読書などでの勉強は古典だから古いというわけでなく、著者の体験からくる過去の反省を読んでいるわけだから必然的に新書でも古い。子供の頃からの自身の体験と読書体験とテレビや新聞など即時性のあるメディアでの情報の擦り合わせをして、ふとYouTubePS4のゲームの動画を見ると自分が体験している世界は確かに現在でも、技術レベルとしては過去の技術の保守で取り巻かれており、どうすれば時代の先端開発に現状から追いつくことが出来ようかと新たな悩みとなったのだが。

頭の片隅ではPS4LOTRのようなゲームはどんな風にプログラムすれば作れるだろうと思いながらも、画面を見て入ってくる情報を頭の中でプログラムとして想像するのは既に困難になっている。最新のパソコンでコンピュータ将棋を指すとプロ棋士より強いわけだから、PS4のスペックのゲーム映像を頭でイメージできる人間というのは本当に人口のうちごくわずかいるかいないかで、準備して計算させてみて画面で見て「スゲー!」と作ったやつも自画自賛しているかもしれないよな。想像の斜め上を行く映像。

だけどゲームロジック自体は戦争ゲームと大差ないと思うし、そうするとエクストルーパーズも似たようなものだし、そこを間違いなく丁寧に作れたらその先に延長線が引けるので、その時代のゲームを遊んで体験しておくことは順番として抜かしてはいけないプロセスだと思って遊んでるの。

コンピュータゲームを人とプログラムでする競技と捉えて、その意味で勝ったことはある。だが、会社が作るゲームのからくりを完全に理解して「これなら自分でも作れる」という風に舐めるように勝てたことなどあるだろうか。常に最新ハードが出たときにはどういう仕組みか唸らされてきた筈だ。コンピュータゲームは芸術と技術の繊細な融合だが、芸術の意味で美しいなと負けるのは良しとする。技術の意味では個々のからくりより膨大な量の要素の紡ぎ合わせなので、管理能力と言うか多人数を良く破綻せずにまとめきるなという組織力のようなものにも驚く。

以前はそれを超越したプログラマー個人の能力のように想像していた。だからプログラマーに憧れた。だがそれが組織力だと分かると、指揮官にならないと意のままにはならない。指揮官は果たして組織を意のままにしているのか部下が意のままにならない部分をどれくらい許容しているのかなど、人間関係についての疑問もまた膨らんでゆく。

技術的に舐めてしまったゲームを遊ばなくなった時期もあるのだが、反対にゲームのルールも敵のロジックも把握しているもののほうがオモチャとしては良質でつまり剣玉のようにそれに対する技術を磨くような遊び方もゲームの面白さのひとつだ。分からないゲームを解明してゆくというのはその延長線に仕事を見ているので、必然的に疲れる。

そういう意味でエクストルーパーズは安心して遊べるゲームだ。以前は本当にこのゲームを遊んでいて良いのかとう焦燥感があったのだが。今は気軽に遊べる。気持ちの問題だろうか。

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