今日のMTG(子供の頃の夢が詰まっている)

俺はずっと自身のMTG体験のゴールとして大会優勝が本願だと思いこんでいた。

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しかし、それならば目的達成のために最善と呼べる行動を自分で選んでいないようにも思える。この迷いの原因は子供時代に友達と思う存分遊べずにファミコンで遊び貧しい子に友達のよしみとしてファミコンカセットの交換を迫られ友達だからと貸してあげるとそれっきりその子は俺から借りたファミコンカセットで遊んで学校でも話もしなくなるなどの、寂しい体験をフリーター時代に同じようなことをトレカで再現されて、それで学校の問題は受験で私学に行くことで棚上げになりトレカの問題も復学して就職することで棚上げとなった。

たかだかファミコンカセット1本とか、トレカ数枚くらい良い学校行ってるとか良い会社勤めてることから考えたら、小さいことでお金を出したらまた同じものとかもっと良いもの買えるやんとなだめられたりもするのだが、そういうことで子供の頃からにこやかに接してくれる牛乳配達のおばちゃんがおばあちゃんになってもまだ親父のもとに賞味期限のヤバい牛乳を運んできて新鮮な紙パックより高いのは既に生活不要なので俺は断りたいのだが親父は相手の生活苦を知っていて時々腹を壊しながらも牛乳をレンジで温めて飲んでいる。しかし俺はそのおばちゃんと話しているといわゆる優しい言葉がカセットテープで繰り返し再生されるロボットと話しているかのような寂しさを感じるのだ。

トレカの世界もパソコンゲームTRPGから来ているお金持ちのお客さんと商売で店をやっている人、店から頼まれてゲームをするゴロツキみたいな連中にいつからか遊戯王のマンガから入ってきたような金持ちの子供が客層に取って代わって、昔カードを集めて価値が出ないで後悔した人が売り手側に回ったりと、まあ事情は単純ではないがお金にまつわる関係性が読み解ければ読み解けるほどそこに部活的な仲の良さなどないことが分かる。関わると寂しくなる。

大会優勝というのは部活的な仲の良さを保つための共有目標であったこともある。だからゴールは一緒に遊ぶことであり、共通の大きな目標というのはそれを成立させるために実現が難しいほうが良い。

マイケルジャクソンが童話ピーターパンに出てくる子供の国ネバーランドを作れたのはレコードの印税による莫大な収入があったから。対してプロゲーマーというのはネバーランドとは違って勝ってなんぼ負けたら脱落という賞金稼ぎからスポンサー制で給料制とか負けても入るファイトマネーで公務員みたいに身分が守られた状態なんだよな。

自分が助かりたかったら、誰かを蹴落とさないといけないという貧しい発想を共益金のような社会の仕組みで幾分か緩和できないものか。プラスサム社会かあるいはゼロサムの再分配だよな。

とりま、俺は「炎破のドラゴン」と「願いのジン」を召喚して遊びたいのだが、入賞経験がありサラリーマンになったプロとアマの境目くらいの仲間に「それは子供だよ」と咎められて「最近はMTGよりグラブルだよ」と言われながら、子供のまま過ごせるネバーランドが俺の夢なんだなと分かったのでせめてデッキの中身くらいはエクセルの計算より夢を詰め込んでおく。

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