高校の世界史の参考書をパラパラとめくった

小学校から歴史が苦手だった。理科は実験があるので確かめられる部分があるが、外ではなく家の座敷でお菓子のシールやファミコンミニ四駆で遊ぶ甘やかされた俺にとって社会科の地図も歴史もあまり自分の生活とは関係のない世界だった。電車族で自転車で隣町の英語の先生の自宅まで勉強を教えてもらいに行くときだって町内で道に迷ったほどだった。

それがいつしか「理系だから」という言い訳が身について、プログラマーという職業で専門知識で高給を取り、それでやっていけると思ってしまった。それから、マンションの購入で不動産営業に騙されたり、恋愛で失敗したり、車の運転が苦手だったり、セールスを断りきれなかったりと、とかく文系的な常識が無かったと言うか、文系とてその常識は社会科でなく生活から身につけるものかもだが、ある日に中学の社会科くらいからやり直してみようと思った。

そうして、いまパソコン机の本棚にホコリを被った世界史の参考書を取り出し見てみると、本を開く側のページの束つまり本の腹側に手垢がそこそこついていて、まあ良く読んだと思ったのだが、それが果たして自分の知見となっているか、生活に役立っているかとあらためて考えると、俺の勉強にありがちな基本から順番に学べば最後の方は導き出せるって、それ数学だけじゃない?もっとこう、背伸びして後ろの方の結果の方から学んで何になるかを逆引きする発想がいるかもしれない。

何故勉強するか、受験があったから、じゃあ卒業してもやらなくていい。プログラマーになってから高校の世界史など人生後悔しても手遅れだ。こういう論理の人によく笑われた。

歴史が何の役に立つか、後書きを読んで少しヒントがあった。真の歴史とは個人の歴史の集合体であり、その中で歴史に特筆されるのは国家などの集団の利害関係による対立の歴史である。その中で自分が置かれている環境を俯瞰から見つけるために歴史を学ぶ。

こうも考えた。国家や民族が対立して戦争をしてきた。日本では憲法で戦争をしないと明言され、皆が道徳を重んじて争い事は起こらないかのような世界観で生きてきた。その中で俺が気に病んでいたのは貧しい家のことのファミコンカセットの貸し借りによる借りパクくらいだった。では就職してからのマンション営業は。セールスマンは信用できるか。結婚は何のためにする。それらの個人的な諸問題は、俺が出発点としてただみんな仲良くさえしていたら波風立たずに物事が邁進していくというほのぼのとした農場のような世界観だからだ。

人を騙してお金を取ればそのお金で仕事から解放されて遊んで生きていける。そういうことを皆が考えたらどうなるか。多く道徳や教訓はそれをやめるように諭すが、それでは勉強とは悪徳業者をのさばらして我慢するためにするのだろうか。違うだろうと。まず個人は他者から支配を受けず利得と快楽と奴隷のような労苦からの解放を主題として、そのために他人と接するにはどのようにあるべきか。その戦い方として、まずは家族で団結すること。勤める会社は社会にどのような利得をもたらし、従業員は幸福か。国家は国民の生活を豊かにしているか。

そのためには何をすれば良いのか。俺はそれまで公明党共産党、維新の会に投票していたが、自民党に票を投じて北海道をロシアから守るために国防費をアップして欲しいと願うようになった。それは歴史が苦手な割に信長の野望を遊んで伊達政宗のお爺ちゃん伊達晴宗で東北で米を作ってひたすら金を貯めていたら南の北条氏から戦争で滅ぼされたことを教訓に、大好きなハンバーガーでなく魚と米でできている回転寿司のブームに乗って内需に貢献してきたそのお金が外国から戦争をしないけど圧力を加えられて賠償金ばっかり取られていたら勿体無いと思ったからである。

それがまあ、最近ではまたマクドナルドが増えている。それは国家に貢献することも大事だが、個人の利得も同時に考えなければならず、家から近くて安く肉が食えるからだ。

まあコロナショックで左の方から頼りないと思われている日本政府ではあるが、借金どれだけ背負おうがメシが当たれば殺されることは無いと思うので、支払いが滞って自責の念で自ら命を立つようなことさえしなければ弁護士さんと相談して、命までは取られないということだけは今苦しんでいる人に伝えたいと思ってます。

病気で取られる命とお金で取られる命なんてテレビで言ってるけど、文無しでも死にません。マクドナルドを食うほどのカネもなかったら、コンビニでおにぎりを万引きして夜逃げも企てて生き残ってください。絶対大丈夫だから。

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