ちょっと頑張って闘病しすぎたのかも知れない

失業保険の追加給付の封筒が来て、必要事項を書き込み親父が外に出る時投函を頼んだ。

俺は統合失調症という精神病と診断されている。

大阪で独り暮らしをしている時に発症し、友人に連れられ病院で診断された後、自室で目が覚めていちど会社の社長が訪ねてきて「もう頼む仕事がないんや」と実質上の解雇を告げられ、貯金を崩して家賃を払い時々スーパーで飯を買い込み生きていたが、やがてお金が底を尽きる恐怖から銀行預金を引き出して家賃滞納などして、浮浪者同然の風貌で実家に帰った。

それからも家でじっとしてローンの滞納の知らせをコンビニに払いに行って、現金が底をついたところで振込用紙をライターで燃やし、放火と通報されて警察に捕まってから取り調べで幻聴が聴こえて「燃やせ!」と命じられたから、などと話し鑑別所から精神病院に入院した。

はじめての入院は今も覚えている。パトカーから病院の裏口に通され、両脇を警官に押さえられて鉄格子のついた病棟に連行され、服を脱がされトレーナーのみで持ち物も何もなく病室に運ばれてくる食事だけで丸一日白い壁を見て暮らす。

やがて親父がマグカップと歯ブラシにマクドナルドのビッグマックを持って面会に来た。

退院した時は虫歯で真っ先に歯医者に行った。あの頃から考えると、病気がウソであるかのように健康に振る舞えている。しかし、薬を飲まないと夜眠れないのは相変わらずだが、習慣づいているのでここ半年ほどは飲み忘れはない。

ネットでは病気を隠してきたが、言論で辛抱たまらず喧嘩になると実生活では病気のような弱みは相手にそれ以上責めさせない防具になる場合があるが、容赦のない女の人とか、ネットでもっと辛辣に病人は迷惑みたいに突いてくる人もいて、辛い。

ネットしないのもテレビしかなく、TV番組も時々辛辣な表現があり笑えない。笑ったら笑ったで、昼間っからテレビ見て笑っているイヤねぇという噂話に苛まれたりもするのだが。

あと傷病手当をもらって生きる道もあったのだが、親父がそんなことしたら障害を認めることになりお前の人生終わりになるぞと脅されて、薬を飲んで働いていた。

だが、薬を飲んで病気を隠して働くのは並大抵でなく、ストレスで何度も再発した。社労士さんのすすめで傷病手当をもらって生活を始めることで回復して良くなる人も多いんですよと促され、親父の反対を押しのけて福祉のお金を受け取り始める。

薬は脳に作用するので快感物質のドパミンを抑制して、そのせいで趣味というか中毒だったテレビゲームをほとんどしなくなる時期があった。しかし今では昔ほど楽しいと思ってするわけではないが、趣味だったことを思い出して記憶が過去とつながればと思って続けた。

ギターを弾けるようになった。ブログも書いている。

病気でなくとも陰口などの現場に居合わせてしまうことは辛いことだろう。ネットは見ると辛くなるサイトを判別できるようになり、必要なものだけ見るようにしている。

そして、それでも時々怖いもの見たさみたいなもので掲示板などをのぞく時があるが、俺自身が家にこもっているので、それ以上に変に個人情報が晒されたりしている感じはしない。

このところ掃除や風呂が面倒になっていたが、顔に赤いブツブツが出来て醜さが恐ろしくなり洗顔フォームで毎日洗って油ものを減らしお茶を飲み部屋を掃除して風呂でシャワーを浴びるという健常者の当たり前を実行すると、肌は随分良くなり、この調子で再就職したいという意欲がわいてくる。

しかし忘れてはいけない。俺は薬を飲まないと夜も寝られない病人なのだ。ストレスに脆弱である。職場は良いところとは限らない。

したいことを自分でせず、お金でしようとするからお金が欲しくなるのだ。仕事がしたいわけではないだろう。そこが自問自答で解決できない微妙なところだ。

ネットに書き込むのが常態化しているが、近所付き合いと親父の商売を手伝うのが就職よりも手堅い社会復帰への道のりなんだろうな。6月3日は資源ごみの日だ。

雑誌をくくって出すか、勿体無いから物置に積んで置いておくか、そういうことが決めづらい。

ネットにはアプリケーションエンジニアの求人が見受けられるがその仕事もいつまであるか。パソコンスキルはきっと現場で今以上を求められるだろうが、それを支える家庭がない。親父に洗濯を押し付けて食事を全部外食にして働くというのは何かが違う気がする。

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