ゲームで決着する以前に電子商取引があると思うんですよ

ポルノグラフチィが「カモンウィナーカモンルーザザッツイズザ・ビジョン」

野球アニメだったかでこう歌っているのがテレビから流れてきて考えたんですよ。

俺自身も長いこと取り組んだ格闘ゲームを巡って、それは映像なのかと。

答えから言うと「否」なんですよね。確かに映像を見ているだけに見える。

そうして、大会観戦とかも観客からは映像以外に分かることはない。

ただし、ゲームをしている当人たちにとって、ゲーム機の仕組みとでも言うか、コントローラからのインプットと映像音声の絡むところで内部ロジックに対するそれぞれの理解度みたいのがあって、それでゲームをして結果を飲むということに合意しているから対戦があるんですよ。

ちょっと横道をそれると、ヴァンパイアハンターというゲームに打ち込んでいたときにコミュニティが中国地方から近畿中部関東くらいまで広がった時に岡山のお金持ちのお寺の息子さんにゲームで勝ってしまったんですよね。お寺だから結局は無ではないのかと思うけど、まあ住職さんになる前、修行時代に何故かゲームに付き合っていたんですよ。それで、そのお寺には岡山や香川から身寄りも良く分からない人々が集まっていて、その中で住職の息子さんが一番強くて、かれこれ20年で俺も忘れかけていたのに、俺をやっつけるためだけにみんなで諦めずに練習したらしいんです。まあ、俺をやっつけるためだけというのは自意識過剰かもですが、ウォンテッドのひとりだったわけです。

他にはときどさんの取り巻きから「お前なんて大した努力もしていないのにときどさんの努力を思い知れ、あいつを完膚なきまでにやっつけろ」という司令が下っているらしいんですね。多分俺が思うにときどさんはそんなこと微塵も思ってないと思うんですけど、宗教って教祖じゃなくて戒律を守っている信者の戒律を守ってないやつを正義感でやっつけてやろうとする人罰のメカニズムで成り立っていると思うんですよ。それはまあ無視してますが。

世の中怖い人がいるんですよ。俺の20代ってまだIT企業という言葉がなくて、システムエンジニアとかいうのも新しい言葉で俺は馴染めなくてプログラマと自称していたんですけど、税金とか不動産とか金融で儲かっている企業がコンピュータを使っていて、商取引や科学実験の計算が電子化及び自動化されて、技師がフットインザドアで格安で設計して少しづつ改変請求を高くして機械なしでは会社が成り立たない、機械が壊れたら修理費がだんだん高くなるというような作戦で資本家が攻められていたんですよ。

そして俺はと言うと最初はゲームとか建築からプログラムの仕事をしていたんですけど「これちょっと見てもらえないですか」と頼まれて色々の企業のシステムを改修しに回っていたんですよね。けど、そのお給料が関西圏ではまあまあ高くてそれを知った人が「コンピュータで儲かる仕組みがあって、宮沢というのをナンボで雇えばそれでもっと儲かるシステムを組んでもらえる」みたいな誤解をしたヤクザ屋さんがいたんですよ。

もういちど繰り返すと、税金や金融や不動産などで儲かるからその手続を自動化するためにコンピュータが使われたんです。コンピュータを使って儲けたというのは順序が逆さまです。だけど、俺も会社員なので会社に注文が来てお金を出された以上は社長命令でやれと言われてやるしかなかったんです。それでお客さんに「これだけお金を出すから何か作れ!」と言われて、部屋にハイスペックなパソコンが配置された雑居ビルとかに放り込まれて、出来たものというとお客さんの注文通りに動くシステムなんですけど、あの頃は俺も何で会社が儲かっているかは知らなかったから、作ってお給料がもらえてお客さんの注文も聞いてそれで良いと思ってたんですけど、買ったお客さんからすると「高いコンピュータを買ったのに儲からないやん詐欺とちゃうんか」という風に怒鳴られて社長が対応して「ミヤザワくん、我慢しいや、また次行こう」という風にやっていました。

このへんも掘り下げると、コンピュータの内部ロジックを現金と等価とみなして商取引する仕組みが根幹的に何であるかと言うと、もう信用取引としか言いようが無いんですよね。ハッカーがATMを操作して預金を引き出したりしても補填されて預金者にお金が返ってくるというのも、銀行を始めとする金融機関がコンピュータの内部の数字に基づいて現金と交換しているわけでなく、その人が間違いなくお金を預けたとか受け取った記録から、間違いなくその人のお金であるということを立証して預金と看做しているんですよね。

だから、その理屈をゲームに応用すると、ゲームの画面でキャラが飛び蹴りして相手がダウンしたから勝ちというのは確かに観客からするとそうだけど、規定されたルールで間違いなくその操作をして互いの意志と操作とプログラムの判定に参加者が合意したということで勝敗が決まっていると考えるんですよ。

ただ俺は、大会とかでストIIならダルシム、ヴァンパイアならドノヴァンで出てくれたら昔と同じキャラなので商業的に「努力は実る」と信じた人がゲーセンに努力のお題目で練習試合で小銭をいっぱい落としてくれる装置のコアに出来るという意味で「勝たせてあげられる」というところまで来たことがあるんですよね。八百長試合の条件として弱くされたキャラで勝ってみせるカカシになれと。

それでも、俺はそういう風に牛耳ろうとしている奴等をやっつけたかったから、飲めなかった。矛盾しているのか、堂々巡りのことを回っているのか、答えの出ない感じが実は答えのないロジックを延々と考えさせられたと思うんだけど、最近それを総括的に捉えて仕組みが分かってきた感じがするんですよね。

ただの映像ではなくロジックがあって、その上で内部的な手続きを踏んで自分が思う勝ちが欲しいと俺は思っているけど、外部からは流布する映像だけが撮影できればそれで良いと思われているのが何かもどかしいんですよ。