今日のヴァンパイア(期待値理論でバクチシャドウブレイドについて考えてみた)

かつての俺はバクチ昇竜否定派だった。そしてヒット確認を布教した。

格闘ゲームの駆け引きは意思同時決定である以上は確実に勝つ必勝法は無いのかもだが、意思の掛け合いに依る部分が運であるなら、運を五分と考えてそれ以外のコンボや確定反撃のような互いが意思を決めた後に操作で付くダメージの差の方を突き詰めたら勝てると考えた。

まあ、年食って練習量が減ったのもあるが、そうでなく運についてもっと考えを巡らすことで、意思決定そのものをゲーム理論で考えたら練習せずに思考実験だけで強くなれないかと考えて、パソコン机の椅子でクルクル回りながらゲームのことを考えている。練習はきつい。

ところで、何故にバクチ昇竜否定派だったかと言うと、昇龍拳をバクチで決めて与えるダメージは昇竜拳のダメージだが、昇竜拳を空振ると着地にアッパー昇竜拳を食らうので、期待値負けているという考え方が根幹にあった。

ただ、両者極まっているという仮定から反撃はアッパー昇竜であるとしているところに強いやつ同士では強いけど初心者狩りの連勝記録では他のトッププレイヤーに少し足りなく、それは俺は地方東京のゲーセンの人口問題で田舎で入ってくる人が少ないから連勝記録が伸びないとこう考えていたわけだ。

だけど関西にも10円ゲーセンフェラーリなどで20連勝とかの記録は作れたし、同じ店で100連勝を記録しているプレイヤもいる。場所差ではない。

バクチ昇竜は本当に不利なのか。ことストIIでは、リュウケン側が投げハメを仕掛けるのを前提にバクチ昇竜を打って決めると、バクチ昇竜が当たってダウンしたらさらに投げハメでダメージが加算されるので返しがアッパー昇竜でもダメージは勝つ。もちろん、投げ返しとかリバーサル昇竜とかの恐れが無いわけではないが、相手がバクチ昇竜否定派ならリバーサルは無い。こういうところに良いように付け込まれたのだろうなと思い返すわけだ。

では事をヴァンパイアハンターモリガンに移すとどうなるかというと、これも昔の俺はバクチシャドウブレイドはガードされたらチェーンコンボを食らうので期待値負けで「無し」に合意していた。

だが、最近の考え方はバクチシャドウブレイドは当たるとダウンから起き攻めに移行できるので、それでモリガンのショートダッシュ中段からチェーンコンボと下段からのチェーンコンボの二択が2分の1で成功するなら期待値はシャドウに対する反撃のチェーンコンボに近づき、またモリガンの二択には成功時の再ダウンでループ性があるので期待値は半々に成りながらも期待値は累積的に増えるはずで、極端な話をするとバクチシャドウが一度決まるとそのまま起き攻めで勝つことすらある。

また、モリガンダッシュ中段に付いてもダッシュを見てから立ちガードや小技で止める反応が最も難しいジャンプ小パンチシェルキックを使うべきであるというのがバクチ否定派の俺の持論で当時最も普及した考え方だったが、論理的な説明はなくとも中パンチシェルのほうが良いとするものもいた。論理として説明されなかったため文筆や論考や議論の台に上げられ駆逐されてしまったが、話は簡単で1フレ遅いがダメージが少し高い。

これは使い分けの問題になるのだが、二択を反応で見切れると考える派閥で、そのためには1フレでも速いほうが見切られづらいと考えるか、ファジィ的なものでガードが成功しているだけで仕掛けのタイミングなどを変えると厳密には二択でないものがまた二択に戻りダメージが入るうようになると考えると、ダメージの高い方を採択するのにも一定の合理性はある。

ただし、問題点としては俺の持ちキャラがモリガンではなくドノヴァンとフォボスであること。鞍替えに際して自キャラとして何故それを選んでいるかという理屈があるので、そこを覆すだけの論理的な戦略変化があるわけだが、モリガンが強いのはプレイヤ間では当たり前でそれを破るから見世物としての価値と攻略の深さやその視点に注目が集まったのだ。

俺の意見には多くの合意車が出たが、それでももっと強いやつはいて、それは単なるキャラ差でなく、俺がバクチ否定派の将棋のような考え方から出発していて、対して相手はバクチそのものを考えていて麻雀のような考え方から出発している。その両者の考え方が今俺の頭の中で完全に合意して、ストリートファイター系の考え方にも運を受け入れることで期待値をより深く考えるということでこの文章となり、またより多くの人の理解に繋がるのではないかと。

そしてもしモリガンを取ることになるなら、天敵はパイロンになる。ウメハラの持ちキャラだ。関西にはパイロンの強い人というのはいない。キャラ差としてエグすぎてそれでは客が釣れないという考え方もあるだろう。絵もつまらない。だが、俺が19の頃に長瀬のUFOで対戦していたらガキンチョの強いパイロンなんてウジャウジャいたと覚えている。

ゲームの攻略本を読み続けて活字に騙されるより素直な子供のほうが正しいかったのかもな。

論考というのはものの考え方として正しく、合意が得られるならそれは人に伝播する。だが、正しい筋道でも考え方として浅く、現実の事象を全ては考え尽くせていないため論理的に思える行動を取っていても結果が伴わないこともある。現実は現実なのだから究極的に宇宙の真理と合議しているはずなのだ。分かるまで考えて、そして現実に沿う論理を導き出す。結果ありきだと理屈を現実に合うように捻じ曲げているだけの論者もいるが、まず論理から出発して結果がそれに一致した時に、それは論理的、客観的、実証的の科学の三要素を備える。

まあ、バクチを科学するというのもバクチそれ自体が古来からの継承的なお金を取るための術それそのものであるので、どんなに賢くてもバクチにカネを飲まれているやつは金持ちにならないというのもまた歴史的な証明を得ていると言えるのだが。

ゲームをやり込んで攻略するという視点でカネを払って本を読んでも得られなかった「考え方」が1円すらも払うのは惜しいと払う前に考えるようになって、そして辿り着いたのが昇竜の期待値なのだ。

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