真面目な話に「ドラクエ」の幼稚な例えが混ざる件について

こりゃもう、小学校から勉強をやり直すしか治す方法は無いかも知れない。

自慢話で退屈かもだが、ゲーム大会で優勝、ギターが弾ける、国家試験合格って「そんなに数え役満みたいなの揃うわけがない」って話は聞くんです。何かウソ付いてるんちゃうかって。

どんな人も1日24時間で、先天的な程度の差こそあれ、つぎ込んだ時間がそのまま経験になる。その中で、何かを選んで他は諦めるってのも考え方だとは思います。

その中で俺は学生の時に職業適性試験みたいの受けて、数的思考力がAでそれ以外全部Aより上のSだったんですよね。それで講師の先生方が「アイツ問題知ってんのちゃう?」とか「そんなやつがなんで大学じゃなくて専門学校来てんねん?」とか色々言われたんですよ。それで俺はと言うと「それは誤解やけどそれより数的思考力のSのほうが取りたい」と思って問題をよく読み直すと計算ミスがひとつだけあったんですよね。

ところで、大学ダメだったのは当時未だ茶髪が風紀的によくなくて高校三年で茶髪にして卒業式は「茶髪じゃなくて丸めてこい」って言われて切るの嫌だから婆さんの黒毛染めで黒くして出たんですけど、入試の時も茶髪で、まあ当時の事情は分からんですけど「サクラチル」みたいな暗号文でなく、長文の手紙が来て括りに「誠に遺憾ですが今回はご縁がなかった」というような不合格通知ですよね。誰にでもそういう文面で行くのか、ウチだけなのか知らないですけど。

それでまあ、就職してすぐはダメ人間だったんですけど、転職というか職はプログラマのままなので異動ですよね。異動してから天才プログラマ説が流れたんですよ。無駄な仕事にやる気を見せたかっただけというほうが正しいんですけど。その中で課題で色々試されて、また趣味のゲームでも子供達が露骨に実験台にしてくるんですよ。相手の技を見切って返すみたいのが傍目には八百長に見るもんだから「俺も試してみたい」みたな感じで手合わせしてヘトヘトで、最後に仕事中に倒れた時には救急車が来て脳神経外科で脳のCT取られたんです。

「この人本当に天才なんですか?」とか聞いている人がいたのは夢なのかその時に意識が戻っていたのか、病院の先生もひと芝居打ったのか「こいつの右脳はただのコンピュータです」とか言ってんの。

まあ、廃人になった後には長い闘病生活があるんですけど、その中で心の病気ってどうやったらなるのかとか、ミステリィとか読んで完全犯罪を企てる犯罪者心理みたいのと同様に「憎いアイツを自殺に追い込みたい」みたいな黒いエネルギーで発病までの経緯とか経過を知りたがる人とかにも随分やられましたよね。

ただ簡単に言って、国家試験合格で大学不合格って決定的に社会科の得点差で、俺は理系として受験して国英数理で推薦の枠をもらえるくらいだったけど、推薦は大阪だったので東京行きたいってそれしか眼中になくて、だけど東京行きたがるのも社会科不足というか勉強嫌いだったんですよね。中学受験も自分の学校は国算理で東大寺とか洛南とか社会科のあるところがだめで家の近所で社会科もなくてで通ってるから、そしていわばその中で得意科目が国語算数理科ドラクエだったんですよ。

勉強もできてゲームも出来るギターも弾けるは有り得ないってか、4教科から1教科削ってゲームっていうのが実態じゃないんですかね。だから文系的な幅広い話をするにはちょっと社会科が足りないと今でも思っていて、高校地理をやり直してみたけど小学校社会科の塾の宿題の「力の5000題」って問題集をよくサボって怒られたなとか思い出すんですよね。

落とされてみて内省すると、どっか足りてなかったんだろうなと今も思うんですよ。国家試験に通っても、大学に行っていい就職の無かった人らがグルになって「コンピュータって何やねん」みたいに詰め寄ってきたりいじめられたりも、まあ俺が悲劇の中心というわけではなく、関わる人がいなくてコンピュータに打ち込むという俺の現状みたいなのが業界標準で、当時はプログラマでありながら文系にコンパに誘われてそこでちょっと変わった職業を言って目立っちゃうみたいのがダメだったんだろうなって。

俺は色々の勉強があると思ってるんですけど、哲学にハマって実存を疑った末に世界があって自分がいるのか自分の五感のみが世界で他者は本当にいるのかみたいな精神状態を高校くらいで掘り下げていて、そこで考えるのをやめて社会科でも日本史とか英単語覚えるとか、現実に迫ってくる試験の点を取るための勉強にフォーカス出来ていたかというと、そこをサボるために哲学的に現実を疑ったのではないかみたいな心理も見えてくるんですよね。

試験が現実か非現実かと言うと、それも哲学的には賛否出てくるかもだけど、先生が職員室で問題作ってわら半紙に刷ってそれ答えないとダメってくらいの社会ルールは本当は分かっているわけで。

ただ、それが分かっていても今更な文句をひとつ言うと「ドラクエ作りたい」から「就職はゲーム会社志望で大学は何の学部に進めばよいか」みたいな進路相談に真面目に乗ってくれた先生はいなかった。困った顔をされただけ。そして良書にも出会えなかった。パソコン持ってなかった。

それが2021年現在では小学校でもプログラムの授業が受けられるわけで、そう斬ると改善されているようにも思うけど、そのカリキュラムの進化以上に実務で求められる技術水準も上がっていて、俺からするとユニバのマリオで遊んだ子がスクラッチ渡されても「どう関係あんの?」って感じでただただやりたくないことを押し付けられている感しか無いだろうな。

人生の短い時間で何かを成したい時、それはもう子供の頃から全速力で、先の示される道ならば競争相手も道を探ることでなくその道を速く走ることに全力で来るわけだから、受験勉強ってのにはスピードが必要不可欠。

その意味で俺のゲーム能力は能力と言うよりデメリットやハンデのようなものかも知れない。ただ、あんなに反発してあんなに嫌いだった社会ってやつがゲームが好きでも個性として受け入れてくれる世の中にはなったと思う。

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