自己陶酔型ナルシシズムで俺は出来ている

なんとなく選んだギターであるストラトキャスターサンバーストであるが。

最近レコードでした聴いたことなかったビートルズをカラー動画とかで見て。

ああ、ジョンレノンとかポールマッカートニーばかり有名だけどジョージハリスンの持っているジャガーをどこかで覚えていて、似たようなやつだからこれ良いなと思ったんだろう。


Hey Jude The Beatles cover by Kyosuke Miyazawa(2021 02 17 9 19)

 ギターの練習は毎日欠かさずしているけど、成長はとてもゆっくりで気づかないほど。

いや自分では「これが出来た」「あれが出来た」ってステップは感じてるけど。

なんか声張って叫びたい主張があるわけでなく、ギターが弾けてみても俺の生活にどんな変化があっただろう、と思う。音楽に触れるっての現代の普通の触れ方って家でテレビ見てかかっている音楽とか、街に出て店内放送でかかってる音楽とか、それって通信の発達で世界最高のものが常に光速で世界中で同じものがかかっている。

つまり追い求めなくてもテレビでクラシックを聴いていればそれはNHK交響楽団であっても世界最高のオーケストラだし、クラシックのオーケストラが退屈な人がBiSHのオーケストラを聴いていたらそれは最新流行のポップミュージックなわけだ。

そこに自分で演奏を少しづつ上達することに楽しみがあるなら、それはもう原体験としてビートルズがあるだろうと。もちろん俺の場合はミスチルがそうだったわけだし、LUNASEAにも憧れたけど、そのルーツを辿ろうとしたわけでなく親父が記念に買ったThe Beatlesの全集をiPodにコピーして流し聴いてみた。英語の歌詞の意味はあんまり分からない。

それでも音楽性の発展の歴史においてビートルズの影響を受けて日本のロックシーンは出来ているはずなんだ。ロックンロールの誕生にはR&Bとカントリーの融合があって、それはアメリカのものであるという歴史を無視するわけではないけど、イギリスのロックバンドであるビートルズが戦後に日本で放送されて、その熱狂の中で育った世代が浜田省吾ロックの日本語化に追従したものが昨今のJ-POPってやつだ。

ギターの上達速度が思ったほど伸びないことにもどかしさを感じる部分もあるけど、弾けてみた完成形としてビートルズの枠に収まる袋小路な感覚もそれを手伝っている。

コード進行とか、ポップス理論は音楽理論としてのクラシックを壊してきたものの体系化という矛盾を含んでいる。これはロックの完成の過程で黒人音楽であるR&Bに白人音楽のカントリー要素が加わるということは先に書いたが意味を噛み砕くと、ノリで出来ている黒人音楽にクラシックの素養のある移民系の白人が音階を整えたということで、それ以上の袋小路はない。

そのアメリカのロックが伝統を重んじる英国でも模倣されて、電波に乗って日本にやって来た。クラシックが中世に発達して今もその形を残していることを考えると、俺がひとりでギターを奏でて新しいものが出来ないかと苦悩しても何か抗いがたいものにぶつかるんだ。

「新しさ」みたいな無形のものに悩むよりも、いっそクラシックのようにビートルズの曲の中から今の俺の心情に響くものを演奏してみようと思ったところが今日のHey Judeなんだ。

そう考えると日本の音楽には中国音楽の要素も雅楽の要素も全部入っているわけで、その日本で生まれ育った俺がビートルズで満足しているというのはまあ親世代の影響だわ。テレビやラジオに映画音楽。

新しいってゲームのボス倒すみたいに壊して出来るものではなく、ちゃんと伝統も学んで守破離の後に紡ぎ上げるって手順で考えてみたら、今は悩むより習うことかもなと思った。

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