続けてきたことは続けてきたなりに求める結果ではなくとも

毎日練習しているギターは定型的なトレーニングですが、今日ふとシャ乱Qの「上京物語」を歌いたくなって、弾き語り動画を撮ってみました。

ブログに他のサービスのリンクをあまり貼りたくないのはブログのアクセスが好調の時にランキングなどのサービスに欲を出して、リンクを貼ると行った先でのランキングのポイントの少なさが元々の定期的な利用者から「ここ実はヘボい」と思われてアクセスが減ること。

当然、内部リンケージで囲い込むより外部リンクはあったほうが利用者には便利なので、俺んちが嫌でその人がもっと見たいページに辿り着いたほうが利用者も幸福なんだろうけど、俺は俺の書いたことをもっと誰かに読んで欲しいわけで。

それでも、テレビに出るとかマスコミの仕事で有名になる人は知らない人からの誹謗中傷にさらされるようなところもあり、俺は過去にいちばん人気のあった動画コンテンツを自分で削除した悔いのようなもの、人気が取れるのは千載一遇のチャンスだったのに「またやりたければいつでも動画上げればいいし」と思ってたのが、いちど引っ込めてもう一度やってもほとんど見向きもされなくなってから後悔しだしたんですよね。

わかんない。引きこもりなのでアクセス統計のカウンタとしか話していないみたいなとこある。ただ、誰にも見向きされないわけではなくフェイスブックに500人いた友達のうち、毎年誕生日にお祝いをくれるオッサン爺さんが3人いることとか、宣伝広告しなくてもニコニコ動画は必ず数人のアクセスがあること。

誰かは見てくれているんだ。そうして、自分のギターは自分がいちばん見ているわけで、毎日やってても上手くならねぇと投げ出しそうになっても、撮ってみて自分で聴いたら他の人には分からんくても自分で良くなったなと思う部分もあるわけで。

そう思うとこれも毎日夜あっているPS2格闘ゲームカプコンVS SNK2」も投げ出さずに続けてみようという気分が戻ってきた。

ギター弾いてゲームしてブログ書いて。続けてきたことは、それ相応に身になっている。ただまあ、ネットを見てると若い人で後から始めたのにプロになっちゃう人とかに追い抜かれるのも見ているわけで、見方によっちゃ頑張り足りないんだろうなって思うけどさ。

仕事でも頑張って結果の出なかったことあるけど、ネットの観測範囲が広がって友達も増えると、もっと頑張っている人もいくらでもいるわけで、それと比較しての自分の立ち位置も見えてくることがあって、自分より有名だったり稼いでたりする人を鬼だと思ってやっつけて負かすみたいな考え方から、そうでなくて有名な人でもそうでないひとも皆アクセスの「1」としてしか見られていない今の俺の考えこそ改めるべきなんだろうな。

「1」じゃなくて「ひとり」であって、ちょっとギター弾いたら何人も聴いてくれて、ブログ書いたら読んでもらえて、これ友達にLINE送ったら既読スルーされたみたいので嘆いてるののひどい版かもしれないよな。

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