超心理学的な格闘ゲームの研究

胡蝶の夢 」という平安時代からの哲学感がある。

人が蝶になる夢から目覚め、現世だと思っているものは蝶が人になった夢を見ているのではないか。精神疾患と言うほどではないが、軽い兆候だと思われる。

そもそも、夢であるという哲学感を持っている人間は都合よく現実を歪んで見ている可能性がある。対して過酷な体験をした人への心理療法として悪い夢だったと思わせる方法もある。

俺に関して、ストリートファイター系の格闘ゲームを趣味にしているというのは、そもそもが虚弱体質でも屈強な格闘家になった体験ができる夢を見せる装置であるゲーム機の中にもコンピュータプログラムで表現された厳格なルールがあり、そのルールを解剖的に理解して互いがゲーム台を挟んでゲームで決着すれば強いのは自分の方である、みたいのが客観から強いと言うよりゲームの夢の中にいるだけで、外側からはプレイヤがゲームの仕様に精通しているとは認めがたいというようなところから他者にゲーム性を認識させることが目的になっていた。

その意味で、台を挟んでのゲーム対戦を重ねて互いの関係性を認め合う人間関係に実はゲームを作って売るメーカーとかゲーム機を置いて貸し台料金を取っているゲームセンターにとって、お客さんが強いという夢を見られればお金を払うのであれば、その購買原理を研究してお金を取るという筋からの研究もある。

なので、勝っていると思ったらお金を払うのであれば負け役を作ればお金が儲かる。あるいは相手のほうが強いと認めたら自分が打ち勝つまでお金を払うなど、とかくお金を中心としてものを考えると、いくら画面の上で勝ちキャラのほうが自分であると認識していてもお金を払っているなら負けであるという観点のほうが、ゲームで強さを競うよりも現実的である。

まだまだ俺自身が騙されている夢の最中で道に迷っているという感覚はある。もちろん、胡蝶の夢ではなく今このブログを書いている自身の境遇を現実だと思って書いているが、毎日日課としてゲームの上達を夢見てトレーニングしているその心理作用自体をもうちょっと現実的な進歩のある取り組みに変えて継続できないかということを考え始めた。

まあ、俺からすると悪くはない夢ではある。虚弱体質もいつもまにか治ってそこそこ健康だ。ただし心的世界は既に「博夢」とでも言おうか様々のゲーム体験が血肉となっている。そしてゲームクリエイターになるというとミリオンセラーを企画して大金持ちになりたいという夢以外に、自分の夢を他人に見せたいという欲求もあって、そのふたつが平行線を走っている。

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