今日のカプエス2(Aリュウ・テリー・草薙京)

名著「7つの習慣」は存在を知りながら読んだこと無かったのだけど、何かを成すためには主観づくりは大事よねと数学の勉強、トルネコの大冒険3アドバンス、ギターの練習の3つの習慣を最近大事にしていた。だがカプエス2な。ちょっと嫌になってサボってた。

ここで「7つの習慣」をまとめでサラッと読んでみると自分の葬式の時に見送る人が自分をどう評価するかというとアメリカの150年史ということだけど、日本の昭和の葬式仏教の生死観とどこか通づるものがあり、上っ面の成功方法より精神に重きを置くというその考え方も復古的だなと思った。

その意味では最近の俺はゼスプリのキウイのコマーシャルの「好きなことは楽しみながらね」が最高だと思っていて、習慣を作ると言っても嫌なときまで机やゲーム機にギターに向かうとなると好きなことすら嫌いになる瞬間があるので、やりたい時に自然にやりたいだけやる、嫌な時は沿う感じたらやめるみたいなほうが良いのかもなと思っている。

ところで、カプエス2も勝つために強キャラを選ぶみたいなのと好きなキャラで頑張るみたいのは常にせめぎ合ってて、どちらが本当かと言うと、好きなキャラで頑張っても勝てない時にそれがもしキャラ差のせいでキャラを変えたら勝てるのなら勝手満足して、そしてまた遊ぶ動機すら見落とすほどになったら改めて好きなキャラで挑戦してみるみたいな俺にとってごく普通の取り組み方が周囲からキャラをコロコロ変えるのが気に食わないみたいなとこで人間関係としてもつれている問題であって、ゲームや俺の個人的な問題でもないと言うか。

ちなみにトルネコ3は92回目。世の中には異世界を1000回遊んで3回クリアしたという人がいるらしいが、100回やってダメだったら自分をどこか許せるという気になって当面の目標は100回。そうするとあと8回しか無いと思い行動が今までよりも異様に慎重になる。100回やってももしかしたらダメかもだけどこの90回台はいつになく楽しめてる。大台に乗ったら乗ったたでまた続けてもいいかなと予定している。

数学の問題集は微分から数列の極限に戻ってパッと開いたページが早稲田大学の過去問だった。何分で解けば良いのか配点は何点かみたいのは知らないが、悩んで解けたときには少し気が軽くなった。

ただ、俺が受験勉強をやり直すとか上位の国家試験を目指すのには反対の立場の人もいて「いちど下層社会に落ちると足を引っ張られる」みたいな価値観になったこともあるが、決して足を引っ張るではなく、落ちたら落ちたで道はあってそこで助けてもらった色々の人への恩を忘れて「自分の努力で結果は実る」みたいな個人主義に思考を転換させるのが気に食わないということのようである。

自分で台所を片付けるか、別の仕事で稼いだお金を払って食器洗い機を買うなり家政婦さんを雇うなりして食器を片付けると、結局の所は電機メーカや家政婦さんは働かないと行けないわけで、食器を洗うという仕事を外に投げているだけで、数学の勉強をしたら食器が片付くというような魔法では決して無いのである。

この論理は自民党だろうが共産党だろうが誰かは働かないといけないし、余って遊ぶことになる人は出るという問題の縮図のように思える。誰かはやらなきゃだしみんなでやるって言っても出来ないしそもそも仕事すら当たらない人だって出てくるだろう。学校という特殊社会の中では理解できなくても。