ああ、俺いつの間にかアメリカ人の思考法だったなと

高校の時にゲーセンで学校のカバンを置き引きされて、まあ置き勉といって教科書が重いので学校の机に教科書ぶち込んでおくという方法だったので被害にあったのは家で復習しようとカバンに入れた地理の教科書くらいだったんですよね。何故そんな目に会ったかは簡単に言ってゲーセンでの対戦ゲームで他校の生徒に恨みを買い「カバンを取り上げたらアイツが退学になる」みたいな私怨で、お金や本目当てでは恐らく無い。

それで退学にはならずに母親が学校カバンに似たカバンを百貨店で見つけてきて、校章ではなく「VERY AMERICAN REGAL SHOES」とロゴが入っていたんですよね。そん時はピンと来なかって、なんとなくまあ良いかと思ったんだけど、学校に持っていったらやたらウケているやつがいたなぁ。

まあ何度か書いてるけど、爺さんが死んでの相続がその後にあって、俺が就職する頃にはもう家族は崩壊状態でその経緯は書かないけど、あって当たり前だった家族関係を失くしてから、大阪市内のマンション住まいということで身寄りの無いのはどんなに怖いことか。いやこのブログ読んでて都市圏に住んでいて怖くはないよって人もいるかもだけど俺は怖かったの。

そこで俺は「日本の家族の仲が悪いのは宗教のせいではないか」と思い出して、キリスト教アメリカンホームなアメリカ人にどこか憧れていたんだろう。そうして、実家に帰ってから親兄弟に親戚周りまで連絡を送ってみたんだけど、そうして自分の親族の歴史をたどると政略結婚での資本家同士の結びつきと恋愛結婚の体を取りながら実質的に母親は父の財産を略奪したのだろうなと考えを改めたのよね。

そこからもっと考えて、家庭不和は宗教のせいではなく、アメリカ人が家族で結託するのはフロンティアつまり開拓者精神があるからで、家があって外には荒野があって耕すとか掘るということで労働が生産につながる地理的な素地があるから「パパ頑張って働いちゃうぞ」「頑張って」みたいな関係が築けるわけで、日本ってもう島中ぎゅうぎゅうで耕すって言っても農地はもう農民のもんだし、お侍するからといっても命がけで斬り合うではなく政治やん。

その中で島民同士の分かち合いのルールがあって、家族であっても冷蔵庫のプリンひとつで揉めるという生きづらさがあるんですよね。

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