被雇用者でありつつ実質上の権利団体の「会社」という住処

俺には何かこう、不本意な仕事を「させられてきた」という怨恨があってですね。

大阪の中小企業というと町工場絡みでみなさんしっかり手仕事をされているんですよ。

それと比べて大企業というのは特許とか著作権とか不動産収入とか権利収入があって、従業員という体は取っていても商いが儲かっていたら実質勘定だけで利益から給料を分けてもらっている。まあ、そういう身分なわけですよ。制度の問題ですよね。

マクドナルドやほかほか弁当でアルバイトの給料は時給だからお昼時とか夕飯時の猛烈に忙しい1時間と昼下がりの暇な時間でも時給の差は無くて、そこでシフトをどう分け合うかというのをベテランがやる気があってしんどいところを持ち回るか、もうちょっと小賢しく楽な時間帯を取ろうとするか。

まあ多種多様の会社が世の中にはあるんですけど、自分が所属する会社に取引先から求められることって難しい部分の肩がわりなんですよね。操作代行なわけですから。まだまだ俺が関わってきた人には「働かざるもの食うべからず」から「怠けちゃいけない」とか「儲けちゃいけない」みたいな思想がどっかにあって、そして中小企業の中にはその代表者が「同一労働同一賃金」をスローガンに大企業と同じ仕事をして給料の底上げを図ろうとする向きがあります。

ただ、それで左につくか右につくかというと右のやっていることって権利収入の分配であって、その体として雇用者と従業員でも実質的にオフィスビルを居住空間としてタイムカードとか勤務表を規定ルールとして給料の形で報酬を受け取り、机と与えられた事務用品の範囲で趣味活動をしていると言った方が正しい。そこにあるのは生産や労働の対価とはちょっと違って、気に入った人間を身内とする体質であるから、権利収入のない中小企業が大企業と同一労働を模倣しても、それは社屋の中での従業員の立ち振る舞いではなく契約によるもの。

ケンカを売る気なら、やり方を変える必要があると思うんですよね。仲良くして得られるものは何かってことも同時に見極めて、それは突き詰めると消費者が賢い購買をしつつ、商法に触れない範囲で売れるものは売るというヤフオクやメルカリという庶民的な発想だけど、あるものと細かいお金を大事にして企業の売り込む新しいモノと今後どう付き合うかってこと。

損得の範囲を個人から家族や仲間から地域に貢献するか企業に貢献するか両方か、それとも将来的な自画像のために利益より自己投資を取るかという無数の日々の選択に敵味方の別を付けるか、その眷属はどうやって決めるかという無数の1対1の絡み合いという構図がスマホによる個々のアカウントの関係性で浮かび上がってきたんじゃないかな。

俺んちは商売屋なので給料もらえる会社以外にお客様もいて、衣食住について安く良いものを売ってくれるお店が損益で言って損が限りなく少なくなるところが敵側でも限りなく味方に近い。すげー当たり前のことなんだけど、世の中には難しい概念が活字としてばら撒かれて、優しい言葉で当たり前のことを綴ると見え方が変わってくるということもあると思って書いた。