今日のマジックザギャザリング(目指すところは)

「モストドンは何故デッキに入らないのか」を考えていた。

案ずるより産むが易しでモストドンを入れて回してみた。確かに相手に稲妻や火葬が入っておらず並べ合いになるとトランプルを付けられるモストドンは強そうに見える。だから使えないカードでは無いどころかマッチによっては決定打になる。

正しい理解が必要なんだと思う。ゲームを始めたすぐに藤田剛史師匠に「エンチャントクリーチャーは貼り付けたクリーチャーを除去されると2対1交換されて損なので使ってはいけない」と説教をくらった。確かに当時は「剣を鋤に」がほとんどのトーナメントデッキに入っていて、そうでなくても稲妻や猫(コンテージョン)が入っていた。

だけど、土地二枚と灰色熊と荊の鎧で4枚で4/4に対して土地4枚とイラクサのジンなら5枚で4/4ということになる。つまりアイアンクローオークスに巨人の力4枚ずつデッキで土地を引きすぎず2/2とエンチャントを引くと土地を4枚出してからジンを連続で引くのとカードの枚数対効果はそこまで変わらない。同じ理屈で2対1が強いなら予言や精神のほころびは絶対に最強カードのはずなんだけど実戦では戦場にいるクリーチャーを何とかしないで引きましや捨てさせに固執すると戦闘ダメージを食らって体力差で負けたりする。

絶対に勝とうとすると見えない答えでも、勝ち負けより正しくゲームを理解しようとつとめると見えてくるどうしようもない正論に従うこと。トーナメントの結果という実績がモノを言うのに実用だというのは分かるが、だからと言って勝者が親切に正しいことを教えてくれるとも限らない。本心でそう思っているなら落ち度はあるわけだし、騙す気なら少なくともそれに打ち勝てたわけだ。子供が素直に小型クリーチャにエンチャントを貼って、それは強いデッキの形のひとつで、確かに除去であっさり崩されることもあるが、除去を引かなかったり土地事故を起こすとたちどころに勝ってしまうことがあるので、論理でもって責めてその芽を摘まれたと考えたほうが今では正しいと思える。

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まあそんなこんなを考えながら「ティタニアの僧侶」と「天使の従者」それと「心の守り手」という美しいカードを「とぐろ巻きの巫女」「白騎士」「冒涜するハッグ」に入れ替えた。モストドンはいつの間にか抜けた。

土台としてトーナメントに勝つのと店頭でお客さん同士何度も遊んで1回でも勝てればそれでいいという目標の違う人同士を戦わせて、優勝を目指していて1回も負けたくないと試行錯誤しているものに繰ってカード叩きつけるだけの博打で何度も挑めばいいと楽観的に構えているものがぶつかって、そうしてそのひと勝負に苦悶するものがいれば笑う者もいる。

特にそう構え得ているわけだから特段に実績のあるところの発言には気を使うようになる。

まあ、トーナメントに参加していた頃よりは気楽に構えている。なんというか、ゲームそのものは嫌いではないし、カードを眺めるのも楽しけど、俺のトーナメント体験やショップでの対戦で謝らせたいと今でも思う人間が何人もいる。オリンピック期間で表彰される人や負けている人などをテレビで見ていると腹の底からグツグツとくる記憶が蘇って。

殴ってやりたいくらいだ。「口ではなんぼ言ってもいいが暴力はダメ」と警察の人は言うが、弁護士さんなら民事で戦うこともできるとは言う。あれほど馬鹿にされてコケにされても法を犯すことを必要以上に怖がってその場で怒りをぶちまけられなかったことに悔いが残る。

謙虚であれと人は言う。だが、相手によるだろう。堪えどころを間違ったとしか今は思わない。まあそれだけ思慮も足りなかったと今では分かるわけだが。

文句ひとつ言い返すのに大会で勝って見せてやってからでないといけないという自戒の念があるから、負け犬の遠吠えと思われても悔しいしな。ただ勝ったからと言って教師ヅラして上から間違ったことを得々としゃしゃり出すのには人としてゲンコツの1発でも仕返すべきだった。

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