誰かの言葉

人生における豊かさとは。

散々論じられて、今では「足るを知る」の満足に落ち着いている。

クーラーが故障しているが、食事をざるそばにして動かず涼むことで8月の前半は凌いだ。もちろん、毎日ざるそばではない。ハンバーガーとポテトだったり、カップ焼きそばを食う。カップラーメンにするとスープの処理として全部自分の腹に入れるのが俺の通例だが、そうすると体温が上がり汗をかくのでお湯を捨てる焼きそば、それも塩味を少し冷ますと涼となる。

豊かさと貴賎の関係性で、おとぎ話の題材にあるように必ずしも富めるものが豊かで貧しいものが不幸ということでもない。だがその教えはともすると富を捨てよというインドの喜捨のような教えにつながり、捨てられた富を拾って僧侶が楽に暮らしているのだろう。

お金がいっぱいあるとしても身動きひとつ取れない金庫番というのはどうだろう。幸せか。

俺が子供の頃にはお爺ちゃんがいて、家の中に金庫があって爺さんがずっと番をしていた。親父は爺さんの息子であるが「そんなもん銀行に預ければいい」と言って、借金をして儲かるたびに証券マンに株を買わされ「下がってしまったから売りましょう」「またカネがいるのか!」というふうに銀行に預けたお金の額が多いほどそれを取り巻く多額の取引に追われ、忙しく動き回る割に飯は毎晩カレーライスで怒鳴り散らすことで鬱憤を晴らしまた働いた。

俺はお爺ちゃんからお小遣いをもらってゲームセンターによく行った。高校くらいになると5000円とか持って大阪日本橋にゲームソフトを買いに行くこともあった。同級生には10万円くらいするネオジオを買ってもらったりして、ソフトも1本3万円だったが、日本橋の中古ショップはソフトが1本980円くらいから並んでいた。

身なりは母親が選んでいて、今より高いものを着ていた。女の子が着るようなダッフルコートにマフラーをしていた。ゲーセンでたむろする人に何の警戒心も持たず話しかけられ、ゲームの攻略の話を夢中でしていたら「何かうまいもん知らんか?」と言われ「新世界のグリル梵が美味しいよ」「その店安いんけ?」「んー、ちょっとお高いかな」「あのなぁ、高くて旨いのは当たり前なんだよ!俺らが知りたいのは安くて旨いもんなんや!」と怒鳴られた。

安心してゲームの話をしていたところなので、怒鳴られたショックで気が動転した。

近頃は俺は「コスト対効果」という考え方が根付いているが、あの人に安くて旨いものを教えてあげたいと、もしかするとそれは親切心ではなく怒鳴られた恐怖心からかもなと記憶がしっかり蘇ったのだ。

まあ、俺の住む大和郡山市だけ見てとっても、商売なので価格に正比例して高い方が旨いというほど事は単純ではない。多少高くてもきっちり旨いという情報はそれなりに有難いのだ。

もちろん、安くて旨いものもある。そればっかりだと飽きるがな。

毎日そういう風に生きていると勘定で心がヘトヘトになり他人に迂闊に心を許せない。これが弱りきった時にスキが出来るのだろう。たまには値段を気にせず食いたいと思ったものを食うくらいで、ちょっとは疲弊した心が元に戻るのだ。

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