ほぼ日刊イトイ新聞

俺はいったい何に操られているのか。

自我の芽生えと精神の関係は「三つ子の魂百まで」だが、クラーク博士が日本人を見た時に「日本人は十二歳の少年だ」といったらしい。これはつまり初等教育と高等教育を受けているか否かの差だろうとは思うのだが、初等教育のままでは百まで行っても12歳、つまり三つ子の魂は13歳くらいつまり中学校で矯正できるものではないのかといま考えている。

俺は高校の頃に勉強が嫌になっていて、大学であと4年も勉強をするのは嫌で早く働いてお金が欲しいと思っていた。そうして高卒でバイトして、出来たお小遣いで子供の頃に買ってもらえなかったゲーム。親父は色々買ってくれたので「何でも買ってやった」と言ったが、大阪日本橋のジャンク屋で捨てられたゲームカセットから動くものをガサガサと探し、部屋に並のゲームショップの在庫より多いのではと思うような棚をこしらえた。

そうして、色々買ったが結局ドラクエIIIスーファミ版で満足した。小学校の時にクリアまでやって、友達に貸したら引っ越ししてしまい返って来ず、スーファミ版でもういちど遊んでレベル99まで上げてからモンスターの落とす各種成長の種(ちから、すばやさなどが数ポイントアップする)で全てのステータスを上限値まで上げてやろうとしたが、MPマジックパワーをアップする種だけはどのモンスターからも拾えず、しかしおまけゲームの「すごろく」で極稀に出ることを見つけて、しかしドラクエをずっとするのはキャラが強くなるとボタン操作のカンタン作業でルーティンとなって出来るのだが、つまらないと思うすごろくをMP999まで続けるのには挫折を感じた。

それで母親に「もう、昼間っから寝てゲームしてそんなんやったら学校でも行きいよ」といわれたこともあるし、ゲーセンバイトとはいえ仕事は仕事、仕事が辛いとは言わないがフリーターという稼業もお金がもらえる以上は他人とのお金の取り合い、高学歴ほど高収入という常識を信じて進学してからまた仕事をとは思った。

それからまた色々あってから、大阪府大阪市谷町六丁目あたりのオフィスで働いていた。それはスーツを着てパソコンで建築物の耐震強度を数値シミュレーションするという社会の中ではなかなかに高度な仕事ではあるのだが、それは辞めてみてから社会勉強をして後々に気づいたことであって、当時はファミコンのバグ取りと同じ感覚で、システムのソースコードを眺めて論理的整合性とか数値の関係性とかそんなことしか見ておらず、建築も自分の家くらいしか住んだことがないので興味がなかった。

それで毎日ときどき仕事をサボってネットで「ほぼ日刊イトイ新聞」というコピーライター糸井重里さんが趣味と実益を兼ねて立ち上げたホームページを見ていたのだが、そこで「最終的にはやり方のきれいな方が勝つ」と記していたのがとても心に深く染みたのを思い出した。

俺は世の中に出て他の人から汚いやり方でやられてきたと思っていたので、そういう美徳に心酔したのだろう。最後っていつだろうかといま考え始めている。

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