二者択一

昨日は日本テレビそこまで言って委員会」を半分くらい見た。

俺は高校で十分勉強したつもりの節があった。図書館に通ったわけでもない、ノートをまめに取ったわけでもない、成績は学校内で真ん中よりも下。それでも物理と数学が好きで、苦手ながらも食らいつき、それこそが真実であり、他の教科や図書館の本はすべて嘘だから自分は真実に近づいていて問題なく勉強できている、みたいな考え方だった。

それで紆余曲折はあれ、専門学校卒業後にゲーム会社のバイトから中途採用で入ったU社は広島大学の研究室で使うシステムを受注していたので、結局は大学と近いところにいた。実は専門学校時代でも1年目で資格を取り、特待生たちで勉強グループを作り、教師たちに背き教員の一部は「もうお前が他のやつに教えろ」と授業を放棄し、二年時は近畿大学の助手がバイトで授業をしに来ていた。

物理と数学とコンピュータ。そういうものは真理かもだが、しかしそれだけでは食えず企業とか大学に向かって何らかの存在意義を示して雇ってもらわないとお金がなくて飯が食えない。

ここでお金とメシが何であるかという問題に直面する。単純にコメはでんぷん質でじゃがいもや小麦と変わらず農家が作ってくれているので、企業でカネもらって飲食店に叩きつけながらも農家の方に頭が上がるはずがないとは考えた。カネについても自分たちが実務を担っているのに上司とかのほうがお金を持っているのにも不満があった。

それで、漠然と理系が正しいはずなのに文系が政治家になって社会のほとんどすべての人々を騙している、みたいなイデオロギーを持ち、理系人による革命のようなことを考えた。

しかし、文系が人をどう騙すかということを考える内に、義務教育とかマスメディアに関心が移り、原子とか学ぶ前のこどもの発想の延長線上に形作られる考え方をコンピュータ科学のひとつである人工知能AIの考え方と摺り合せながら、結局やり残した他の科目を履修した。

じゃあそれで問題なく大学で学び治せるかと言うと、まだまだ正答に至らない問題がある。

ここで正答とは問題作成者の意図であり、大学教授とか問題を作る人との意思疎通性が目的であって、行ったことはないが予備校のように正答を覚え込む攻略法はアプローチを変えて考え抜きたいと思う問題もある。単純に数学とかは計算途中で間違えるということもあって、訓練が足りないのだろうと思ったりもする。以前は別解になるまで検算して数学の先生には「ミヤザワの考え方でも解けるな」と認めてもらい、志望校ではないが内申を上げて推薦の話ももらっていた。

そうして、改めてテレビの委員会を見ると、政治家先生や大学教授に漫画家と賢くて知名度の高い人がパネリングする番組はわざとふざけて間違える芸人がいるクイズバラエティとは一線を画している、まあその前提ではあるが、それでも二者択一で答えが割れるわけで、そうすると世の中の政治的な問題でも誰につくことを目指すかによって二者択一の試験問題だとしたら答えが割れることも自然ではないのかと。

まあ、4択5択のセンター試験と議論中の問題では違うだろうという考えもあるかとは思う。

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