100均でお手玉を買った

退屈なので「ゲームでもしようか」と思ったが、全部退屈に思えた。

色々持っていて、どれも最近の作り込まれたゲームである。

昔のものは作り込まれていないとか、PS2が最近だというのはさておき。

ファミコンのジャンプアクションでちょっと暇をつぶす感覚が懐かしい。

今から考えると、ジャンプアクションの開祖がスーパーマリオワンダーボーイのが先だった説もあるが、2021年現在で勝っているのは後発ながらヒットを飛ばした任天堂だ。

あの頃でもワイヤーフレームで3Dのゲームはあった。パソコンゲームもたくさん開発されていたし、ゲームプログラマもその頃に高価だったパソコンが買えて、ゲームなんて飽きていたかもしれない。そこに暗い画面で遊ぶ思考型のゲームではなく、厳しすぎずゆるく遊べるゲームとしてスーパーマリオは新機軸だった。

古いゲーム機はブックオフしたものもあるが、まだ持っているものもあり、セットアップすれば遊べるかもだが、果たしてひとり遊びとしてコンピュータを思考型ゲームの相手として遊ぶのに飽きて運動を求めているなら、体を動かして遊ぶ方が良くないかと、部屋にあるサイコロ型のゴムボールを2個お手玉として使って遊んでみた。2個では退屈するので3個目を買おうと最寄りの100均に出かけたが、同じ商品がなく、良く探すと100円で3個入りのサラサラした重りを着物のような生地で包んだお手玉が売られていた。子供の頃におばあちゃんと遊んだものと似ている。ほぼ同じだと言って良い。

結局カゴのガラクタを店に返し、お手玉税込110円だけ買い物をして帰った。

2個のお手玉は簡単すぎて飽きるが、3個のお手玉は難しくて出来ない。1時間くらい挑戦し続けて、テレビをつけたら「そこまで言って委員会」が始まっていた。

「多趣味は無趣味」という言葉があるが、それは趣味というより娯楽と呼ぶべきものに興じているからそうなのだと俺は思う。技芸を多趣味とすると少しづつ器用になって相互作用が出てくるのではないかと考えるんだ。お手玉は2個なら簡単だが、いきなり3個に行かず3個のために必要な高さに上げるとミスが出るので、2個で高く上げて失敗しない練習からやり直して、そして関係あるかどうかは分からないが右手投げ左手渡しから左手投げ右手渡しだとまだまだぎこちないので、それを先にすることにした。

ギターも練習すると、両手がほどよく疲れてくる。ここでも思考型のゲームを遊べば良いかもしれないな。PS2でマリオみたいに気軽に遊べる運動系ゲームは無いものかとも思うが。

まあ、俺にとってそれがこの数年間のカプエス2だろう。考えて分からないことがあっても始めれば何かしら動かすわけだから。マヴカプ2やストIII3rdでも良いかもしれない。

ただやっぱ、もっとキャラの動きの制限がゆるくてリラックスして楽しいものが良い。ゲームに煩わしさを感じて疲れてしまうというのはどうしてもそれそのものの楽しさより、結果を人と比べて勝った負けたの優越感ゲームに気を揉んでいるところがあるから。

持病を克服するには運動で体力をつけて頭は考え過ぎないように休ませるのが良い。アタmを休ませるには薬を飲んで寝るのが良いとされて来たが、それで10年治っていない。回復したように思えた時もあったのだが。

まあ、お手玉でひとまずマリオの用事の代わりにはなった。しかし腕が疲れても頭が考えてしまうのは止まらず、この記事を書いている今も苦しい。

単純作業にムキになれていないと、休んだ瞬間にもっと効率の良い方法はないかとか、技芸が技芸であるにも関わらずそれを習得する方法論を頭で考えてしまう。だから休まらない。

文章も読み返したりして推敲すると考え過ぎてしまう。考えを思いついたままどんどん書き出すキーボーディングや水性ボールペンのみが俺の思考をラクにさせてくれる道具なのかもな。

なんでも、漢字を使うと筆記でも考えてしまうので英文をサラサラ書く方が良いらしいが。

俺にはまだその能力はない。高校のとか英作文ちょっとは出来たんだがな。

辛いことを書き出してもういちどギターをいじったら少し楽になった。気がする。

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