膨大な時間と何だってできる可能性、自由はそこにある

アーマードコアVがめちゃめちゃ面白くて。

なんかゲーム作りは大企業分業生産になって嫌気がさしていたけど。

ちょっと工夫すれば自宅環境でも凝ったものは作れるのかもなと。

 

まあ、スーファミの頃の重装機兵ヴァルケンにしたってメサイアだ。

昔はゲーム作るというとプログラム書いてドット絵か3Dモデル。

「だろうな」という読みが甘いんだろうな。

ゲームの良くできた部分とちょいチャチな部分を特撮を見破るように。

 

ロボットを3Dモデラで作るのは難しいけど、プラモ組んで写真撮る。

それを昼間ではなく夜景ライトで考えると上手く見せられるとか。

 

大富豪になりたいとか、ギター上手くなりたいってのはあったけどさ。

「今ある能力でなんとか会社ってところに売り込まないといけない」

そう考えてた22歳の時の方がとにかくデジタルで騙すことを考えた。

 

低予算で「これは上手い」と思わせる種を考えるまでは出来る時ある。

けど、手品師で種明かしをして笑いを取る芸ではなく騙し切らないと。

そう考えると、それはそれでお粗末ではない職人芸になるんだろう。

 

どうでもいい話だけど、XBOX360を久しぶりに起動したら壊れてた。

そこで初めて分解して、子供の頃はディスクシステムが壊れた時に、

泣かずに自分で分解修理したことを思い出したんだ。

 

昨日はそうして遊べるところに漕ぎ着けるのでほぼ満足したんだ。

そして今日になって改めてゲームを進めて、目的のシーンに到達した。

都会のビルの夜景をバックにロボットで動き回って銃撃戦。

 

洋ゲーFPSとか日本のバイオハザードをロボットにしただけでしょ。

みたいな感想で斬られそうなゲームを遊び込める味付けにしてある。

 

リアル路線の戦争ゲームでは都市部は停電で廃墟みたいなのが普通。

そこをビルで残業してそうな東京の夜景で信号機をロボが倒すとか、

 

そういうのって洋ゲーではバーンアウトのジャパンマップで見た。

設定からは有り得ないって斬り方ではなく、制作コストで斬られる。

「やってみたらカッコイイでしょ」というのをフロムが見せてくれた。

なんか人生の目標を見失ったような時にまた明かりが灯るゲームだ。

 

小学校からゲームプログラマ憧れだったけど、低学年の時は違って。

大河原邦男が憧れだったなぁとか思うんよね。

 

いつからロボ嫌いになったんだろうなぁ。おもちゃ壊れてからかな。

そして俺の憧れは桜井和寿坂本龍一小室哲哉とか色々あったが、

ただアニメに夢中のオタが新しいデジモノ持ってるのも憧れたな。

 

さらにその界隈の好むゲームを遊ぶと、主人公がロボで強い設定で。

自分が格闘家とか戦地に放り込まれた傭兵とか、そうじゃなくて。

軍隊では少佐より上しか乗れないような高級ロボのパイロットで、

素晴らしい装備に最新のレーダー設備とかに囲まれて軍略も有利。

 

そう、人生逆転勝利ではなく有利なレールの上を行く感じがな。

俺も19歳で親のクルマお下がりで乗ったりしてた時もあるけど、

電車の中でPSPで遊んでいたのが何故か高校生に人気のモンハン。

そうではなく、スパロボとかアーマードコアなら完成なわけだよ。

 

ストリートファイターIIとかその前身のファイナルファイトでも、

たむろっている不良を坊ちゃんのコーディ市長のハガーがボコる。

そういう設定に対する自己投影と没入感の関係性も問題があって。

 

キャラ選びとかが周りから「何で?」と思われるところが心の鏡。

少しづつ取りたいと思うキャラが自分の性格と一緒に変わってる。

 

成長か幼児化かって軸で判じられると退化のようにも思えるけど、

それだけ子供の頃の心を正確にトレースして曲がりない自分史に。

 

ゲームプログラマーコクピットである4KテレビとXBOX360な。

実戦なら命がかかってるから軍人より工員のが安全なんだけどさ。

ことゲームになると作る側より遊ぶ側でやりたいことは事足りる。

 

いやでも長崎と広島に原爆が落とされたのはそこが工場だからか。

その意味ではゲーマーのニートは殺す価値もない安牌な存在かも。

とにかくアーマードコアVは自分がしてみたい想像の斜め上です。


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